「初音ミク」のブームに押されて,昔のDTM(DeskTop Music)愛好家が音楽ソフトを購入し,制作活動を再開するケースが増えつつあるという。1990年代前半におけるDTMの状況を垣間見た者として,初音ミクと90年代前半DTMの共通点を考えてみた。

 一つ目は新しい表現手段の獲得だ。ローランドのSCシリーズなど,当時のMIDI音源によってアマチュア音楽愛好家は初めて,自分が弾けない楽器や,オーケストラの構成楽器,民族楽器などの代替となる音色を簡単に手に入れられるようになった。初音ミクは,人間の歌声という,身近なようで,実は容易には利用できない表現手段を,安価に提供してくれている。

 二つ目はアマチュア的な熱狂の場の存在だ。当時のDTM愛好家の中には,パソコン通信のフォーラム(今でいう掲示板)に参加している人が多かった。こうした人たちは曲のMIDIデータをアップして,互いに感想や意見を書き込み,盛り上がったものだ。現在の初音ミクにおけるこうした場は,もちろんニコニコ動画である。

 三つ目は,アマチュア的な熱狂にも通じるが,ある程度の制約の中で,技巧を駆使していることだ。当時のMIDI音源は,乏しいハードウエア・リソースしかなかったので,制作者たちは音の抑揚やつながりといった音楽的な工夫をするだけでなく,音源が備える様々なパラメータ・データをコントロールして音楽を作っていた。これはニコニコ動画で「職人」と呼ばれる人たちがしていることに通じる。

 十数年前の状況との共通点を挙げてきたが,もちろん,初音ミクがブームになったのは現在の環境があればこそだ。例えば,初音ミクをパソコン上で動作させる際の推奨メモリー容量は1Gバイト。1Gバイトのメモリー搭載が普通になってきたのは,ここ数年のことである。また,初音ミクの活躍の場であるニコニコ動画は,極めてWeb 2.0な仕組みである。こうした新しい環境の登場が,十数年前と同じような新しい体験を音楽愛好家に与えてくれた。それが,今回のブームにつながったのだろう。