いよいよ木村部長との二度目の打ち合わせである。筆者はまず,「目的の合意」を目標とした。目的とは,3年後に目指すべき情報システムのあるべき姿を策定し,そこに至る主要な取り組みテーマとその順序について定義すること――である。意見交換の上,一歩ずつ合意を取り付けていき,A社と筆者らのベクトルを合わせようという意図があった。目的が合意できれば,その先の進め方の協議にも入ることができる。

 「目的についてはよく分かった」――。1回目の打ち合わせで木村部長の意向を認識できたので,目的についてはすんなり合意できた。次は,EA導入プロジェクトの進め方の合意である。筆者が用意したアプローチは図1のようなものだった。

図1●EA導入プロジェクトの進め方(第2案)
図1●EA導入プロジェクトの進め方(第2案)
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 先の第1案では「現状調査」にフォーカスし,現行IT資産を可視化した上で,課題を浮き彫りにしようと考えた。だが現状調査に重きを置いた方針はあえなく却下。そこで第2案では現行IT資産の可視化については概要レベルにとどめ,あくまでIT課題の解決につなげる“あるべき姿”を導こうとした。

 説明に当たっては,第3回で挙げた三つのインプット項目を意識した。すなわち「現状のIT課題の洗い出しと解決の方向性の検討結果」「A社のビジネスの方向性と情報システムに求める要件」「外部事例および技術動向から想定される今後の世の中のITの方向性」――の三つである。ところが,木村部長の反応は今ひとつだった。

 「うーむ」。木村部長は大枠では共感してくれたものの,何となく釈然としないというか,煮え切らない様子だった。合意まであと一歩。そう感じた筆者は,ディスカッションを進め,それが下記に基づくことであると認識した。要するに「実現可能性をきちんと示してほしい」ということだった。

  • 現在のIT部門の体制/陣容は,多くの人的資源をIT子会社に移管したこともあって縮小している。そのため現行のIT資産調査といった,あまりにも多くの宿題や資料作成作業は期待できない。ただし現場の方の知恵は出し合ってもらえそうである
  • 大枠の進め方は良さそう。だが具体的な進行手順が分からないので,最後まで実施できる確信が持てない

 おおよその予算も教えてもらえた。期間(3カ月)と予算の制約も明確になり,木村部長がプロジェクト開始に踏み切るための最後のハードルも理解できた。筆者らはもう一度チャンスをもらい,EA導入プロジェクトの進め方を提案させてもらうことにした。

 翌年度の計画にITロードマップを反映させるには,年が明けた1~3月の3カ月でプロジェクトを完了しなければならない。そのためには年内にプロジェクト開始のGOサインを出してもらう必要がある。既に12月中旬になっていることを考えると,次回の打ち合わせで進め方を合意するためのラストチャンスとなる。

かたずをのんで見守る

 筆者は会社に戻り,早速,進め方の補正,具体化の検討を開始した。現行IT資産の体系的可視化のための調査/文書化の作業については当初,実施要員を数人確保するつもりであった。予算的にこれがかなわないことが分かったので,IT子会社に全面的な協力を仰ぐこととした。

 さらに,情報システム部のメンバーには多くの作業を期待できない。これは集中セッション方式を用いることによって対処することにした。具体的には,週2回,2~4時間のセッションに集中してもらい,事前の資料準備や事後の文書化は筆者らの仕事とした。ワーカーとしての若手コンサルタント1人分の費用は予算的に確保できそうであった。

 さて“三度目の正直”である。練り上げたEA導入プロジェクトの進め方は図2の通りである。ポイントは,第2案で示した進め方案をより具体的にしたこと。手順を一段詳細化した上で,各プロセスのセッション回数を明記した。概要レベルの現行IT資産の可視化作業はIT子会社に委託するので,進め方案のプロジェクト体制の欄外(右上)に押し出した。

EA導入プロジェクトの進め方(第3案)
図2●EA導入プロジェクトの進め方(第3案)
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 説明を一通り終えた筆者は,かたずをのんで木村部長の顔を見つめた。数秒後,しばらくだまっていた木村部長から「よし,これでいこう」の一言。「やった!」。心の中でガッツポーズを見せた筆者は,ようやく合意に至ることができた安堵感で全身の力が抜けた気がした。クリスマスを少し過ぎた頃である。ついに,EAを用いたITロードマップ策定のためのイニシアテイブのGOサインが出たのである。


横山和秀(よこやま かずひで)
日本IBM インダストリアル事業 エグゼクティブITアーキテクト
1985年に日本IBM入社。自動車,電気,装置など幅広い製造業向けのシステム構築,プロジェクトマネジメントに現場担当SEやPMとして従事。現在は,EAおよびSOAの導入と展開に注力している。