「本日はよろしくお願いします」――。

 いよいよ筆者らが考えたEA導入のアプローチを,意思決定者である情報システム部の木村部長に説明するときが来た。EAの検討を始めてからすでに1カ月が過ぎていた。

 「それでは…」と,筆者はさっそく説明を始める。第2回で挙げたEAの目的を確認しながら,それを達成するための進め方案(図1),EAの各要素(BA,AA,DA,TA)の役割,一般的なEA成果物の一覧やその作成手順を具体例を示して説明した。とりわけ注意したのは「成果物同士の整合性を維持すること」と,「EA導入の目的や期間などの制約に合わせて,成果物を選定すること」の二点だった。

図1●EA導入プロジェクトの進め方(第1案)
図1●EA導入プロジェクトの進め方(第1案)
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 「ふむふむ」。木村部長は熱心に説明を聞いてくれた。だが,どうもふに落ちない様子。どうやら方向性がずれているような感じだ。恐る恐るその訳を聞くと,その理由はこうだった。

 「本当にこれで実現できるのかね。うちはもともと,工場ごとに個別最適で情報システムを作っていたんだ。全社共通のビジネス・プロセスを切り出して,共通システム化することも試みた。だが,プロセスとシステムの関連性が複雑だったり,システム同士が密につながっていたりして,結局できなかった」。木村部長は過去に自分たちができなかったことを,EAで本当に実現できるのか。筆者の提案に疑問を感じたようだった。

 そのうえ木村部長の頭の中には,おおまかな情報システムのあるべき姿のイメージが出来上がっていた。特にアプリケーションの構造化,疎結合化,データの統合化を目指したいという。

 木村部長は続けた。「とにかく概要レベルでよいから,3年後の情報システムのあるべき姿を描いてくれないか。そこに向けたITロードマップも。それをベースに翌年度のIT計画を立てたいんだ」。

「現状調査」はいらない

 「木村部長のお考えはよく分かりました。進め方については改めて練り直してきます」。筆者はそう言って,会議室を後にした。木村部長の思いを確認できたので,それを社内に持ち帰り,アプローチを軌道修正することにした。

 まずは目的の見直しである。当初のアプローチでは,現行IT資産の体系的可視化に重点を置いていた。足元を見つめ直すことによって,あるべき姿が見えてくるという意図であった。ところが木村部長の言葉からは,まずは「あるべき姿とそこに至るITロードマップ」を描くことが最優先である意思が感じ取れた。そこで,今回の目的については,下記に一本化することにした。

  • 3年後をメドとした,目指すべき情報システムのあるべき姿を策定し,そこに至る主要な取り組みテーマとその順序について定義する

 木村部長は情報システムのあるべき姿のイメージを持っている。それは今後の部門方針の土台となり得るものである。ただし,それが現在のIT課題を解決できるものでないと,説得力を持つことができない。

 一方で,まっさらな状態から情報システムを構築するわけではない。現在の情報システムから移行するのであって,あるべき姿に向けたITロードマップの出発点となる現在の情報システムの可視化も必要である。このような要素も勘案して,あるべき姿の策定に当たり,以下の3項目をインプットとすべきだと筆者は考えた。

  • 現状のIT課題の洗い出しと解決の方向性の検討結果
  • A社のビジネスの方向性と情報システムに求める要件
  • 外部事例および技術動向から想定される今後の世の中のITの方向性

 こうした検討を基にアプローチを洗練させ,再び,木村部長との打ち合わせに臨むことにした。


横山和秀(よこやま かずひで)
日本IBM インダストリアル事業 エグゼクティブITアーキテクト
1985年に日本IBM入社。自動車,電気,装置など幅広い製造業向けのシステム構築,プロジェクトマネジメントに現場担当SEやPMとして従事。現在は,EAおよびSOAの導入と展開に注力している。