図1●A社が考える情報システムのあるべき姿の概要イメージ
図1●A社が考える情報システムのあるべき姿の概要イメージ
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 波乱含みで始まったEA検討プロジェクト。ただ運がよかったのは,A社の意向を把握する際に,A社が考える“あるべき姿”のイメージを入手できたことだ(図1)。これは,情報システムの構造と,構成要素が備えるべき機能を定義したもの。日本IBMの方法論でもEAの中でIT基盤を指すテクノロジアーキテクチャ(TA)の成果物の一つとして「企業レベルのITアーキテクチャの構成要素を体系化したモデル」を定義している。入手したものがまさにそれだ。一般的なEAフレームワークである「TOGAF」のテクニカル・リファレンス・モデルもこれに近い。A社の考えるあるべき姿を見て,筆者はEAを適用する価値がありそうな感触をつかんだ。


自分なりに現状の環境や課題を整理

 さて,A社との初期段階の意見交換が済んだと判断した筆者は,A社の置かれている環境や,情報システムの特徴,情報システム部門の課題を自分なりに整理してみた。それは以下のようなものだった。

●A社の置かれている環境

  • 業界は長期的に低迷しており,生き残りのための企業構造変革(スリム化や組織改革)が一段落したところである
  • 近年,業界全体で業績が好転し始めているが,グローバルな競争も激化。新たな生き残り戦略が必要である。ITによるビジネス戦略への貢献も今後は強く期待される

●情報システムの特徴

  • 生産設備と同様,使えるものは改善を重ねてとことん使う
  • 情報システムが生産と直結しており,システムが止まると生産も止まる

●情報システム部門の課題

  • 業界が低迷していたこともあり,長期間,「コスト最小化」を最重要命題としてきた。大規模投資の抑制で以下の三つの課題を抱えている
    1. 短期的/部分的なIT企画に終始したため,企画力自体が不足している
    2. 中長期を見据えた計画を立てておらず,全体最適化のための先行投資ができていない
    3. 多くの業務システムが老朽化している
  • 企業構造変革によって人材が流出しており,スキル/規模の両面で人的資源が不足している。IT子会社との役割分担も不明確である
  • 現行IT資産の可視化ができていない。IT全体を見下ろすことが困難である
  • 経営に対するアピールができていない
  • トップダウン・アプローチがとりにくく,ガバナンス力が不足している

 EAは決して“銀の弾丸”ではない。EAによって上で挙げたすべてのことが解決できないことは分かっていた。ただし,「解決に向けて一歩でも踏み出してくれれば…」。筆者はそう考えていた。

 多少心強かったのは,提案を一緒に進めるコンサルタントが,過去に数件のEAプロジェクトを経験していたこと。筆者は今まで収集したA社の意向や環境,課題といった情報を基に,そのコンサルタントと対応を協議した。

 「まずは現状調査を徹底しよう」。彼とともに導き出したアプローチはこうだ。AS-ISの整理,つまり現行のIT資産を体系的に可視化しようというものだ。彼は過去のEAプロジェクトでも,AS-ISを可視化したことで,現行のIT全体を俯瞰しながら課題点をあぶり出すことができたという。そうなれば,課題解決につながる情報システムの姿も描きやすい。

EA導入の目的を改めて整理

 現状調査を始めるに当たり,筆者は今回のEA導入の目的を以下のように設定した。

  • IT資産を可視化し,管理状態に置く
  • 経営層からITの持つ価値や進むべき進路を見えるようにする
  • 経営戦略の立案や推進に貢献させるため,柔軟で迅速,かつ効率的な対応が可能な基盤を準備する

 これらを持参して,A社にEA導入を打診することにした。情報システム部の山田次長や金子課長との意見交換は終わっている。次回はいよいよ,EA導入の意思決定者である木村部長(仮名)にお目にかかるときだ。


横山和秀(よこやま かずひで)
日本IBM インダストリアル事業 エグゼクティブITアーキテクト
1985年に日本IBM入社。自動車,電気,装置など幅広い製造業向けのシステム構築,プロジェクトマネジメントに現場担当SEやPMとして従事。現在は,EAおよびSOAの導入と展開に注力している。