ようやくEA導入プロジェクトの進め方について合意を得られた。ただし,実際のプロジェクトが始まる前に,あえて実施したアクションがある。それは,表1のような一覧表を作成し,A社のメンバーと合意したことだ。

表1●期間の制約を踏まえた進め方の方針
項目 オプ
ション
期間への影響 採否 備考
検討対象領域の網羅性 高い ただし,EAのフレームワークを活用することで検討効率を高める
低い ×
現状把握の詳細度 高い ×
低い IT子会社を中心に調査し,主要な課題を洗い出す
検討テーマの数 多い ×
少ない コアメンバーによる討議で調整

 この表は,「検証対象範囲の網羅性」や「現状調査の詳細度」といった項目を挙げ,その選択肢(オプション)ごとに期間への影響度を示したものだ。例えば検証対象範囲の網羅性が「高い」と期間への影響は「中」,現状調査の詳細度が「高い」と期間への影響は「大」といった具合だ。

 3カ月という期間では,ベストプラクティス通りに現状(AS-IS)とあるべき姿(TO-BE)の成果物をすべて作成するのは不可能に近かった。だがユーザーは,できるだけ多くの成果物を要求するのが常である。「大風呂敷を広げたら失敗する」。そう思った筆者は,スコープと期間のトレード・オフの関係をきちんと示し,A社と合意しようとした。「採否」に○が付いているものが,最終的に落ち着いたところである。

 プロジェクトのキックオフに当たっては,もう一つ以下のような副次的な目的も追加した。

  • EAのフレームワークを活用し,システム構築を伴う本格的なEA導入の可能性を検証する

 3カ月のEA導入プロジェクトは,システム構築を伴うものではない。そこで,システム構築を伴う本格的なEA導入プロジェクトにつなげるという意味合いを持たせたのである。

 検討テーマの原案を作成するために,A社のメンバーからアンケートもとった。その結果,最初のアンケートでは,20を越える課題が浮かび上がった。そこから同様の課題を集約し,検討価値について議論した。最終的に残った検討テーマには以下のようなものがある。

(1)全社DB体系の一元化
(2)統合販売生産計画
(3)プラットフォームの方向性
(4)アプリケーション構造

システム構築を伴うプロジェクトにつなげる

 ここまでが,EA導入プロジェクトの提案に際して,筆者が奮闘した経験である。実際にはここから,3カ月間のEA導入プロジェクトが始まった。3カ月間で約20回のセッションを実施。メンバーの出席率も高く,議論は白熱した。各セッションごとに目標としていた結論について合意形成できた。

 何よりも,木村部長がほぼ毎回出席してくれたことが大きい。上記(3)のようなインフラ寄りのテーマは優先順位を落としたので,深いディスカッションまでできなかった。それでも何とか3カ月間で検討を完了。無事,報告書をまとめることができた。

 そして,システム構築を伴う本格的なEA導入プロジェクトにもつなげることができた。A社はその後,統合DBやSOA(Service Oriented Architecture)への取り組みを開始。まもなく成果を上げつつある。

 最後に,今回のEA導入を経験することによって得られた三つの教訓を挙げて,本特集を締めくくろう。

その1: ベストプラクティスをそのまま用いるのではなく,ユーザーの要求,期間や体制といった制約に基づき,実施可能なアプローチにアレンジすることが大事である
その2: 特にスコープや検討対象に当たっては,あらかじめユーザーと合意形成し,むやみに大風呂敷を広げてはいけない
その3: スポンサーとなる上位マネージャの参画によって,検討対象ごとに結論を明確化し,全員で共有することによって着実な進行が可能になる

横山和秀(よこやま かずひで)
日本IBM インダストリアル事業 エグゼクティブITアーキテクト
1985年に日本IBM入社。自動車,電気,装置など幅広い製造業向けのシステム構築,プロジェクトマネジメントに現場担当SEやPMとして従事。現在は,EAおよびSOAの導入と展開に注力している。