引き続き,年金業務・組織再生会議の議事録を読み進めている。すると,社会保険庁という組織には,組織として必要な絶対的な要素が欠けているのではないか,と感じられてくる。

 例えば,社会保険庁には年金業務センターという組織があり,都道府県には年金事務局という組織がある。これらの組織が「何のために」存在しているのかを考えてみる。年金業務センターは,社保庁のオンラインシステムを運用することを目的に組織されたものなのか。年金事務局は社会保険事務所を束ねる上部組織であり,その事務局長は社会保険事務所長を指揮,監督する立場にある。では,年金事務センターは何のために存在するのか。

 組織論を考えるつもりはない。しかし,組織があるということは,何らかの「業務」が存在しており,その業務には達成しようとする何らかの「目的」と「目標」があるはずだ。つまり,組織は組織のために存在するのではなくて,遂行しなければならない業務が存在し,それを100%実現するために組織が必要なのだと考える。だから,組織が達成すべき「業務」と,その「目的」を考えたわけだ。

社保庁にはマネジメントの基本が存在しない

 学生の頃に習ったマネジメントの基本では,まず仕事があって,その仕事の内容と量を把握して,それを遂行するために必要な能力を備えた人々を仕事量に見合うだけ集めてくる,と教わった。今までこのことに疑問を抱いたことはない。

 NHKが2007年12月17日に放送した番組では,ある社保庁OBがインタビューに答えて,「(部下に)いやなことはやらせられない」と発言していた。部門の責任者(単位組織の長)としては不適格者だ,と私は感じた。組織は,何か目的を持って存在している。そこには個人の好き嫌いで選別できる業務が存在してはならない。嫌なことであっても,仕事(責任)であれば果たさなければならない。果たせなければ,上司の評価が下がり,給与(収入)が下がる場合もある。それが普通の社会の普通のものの考え方だ。

 そういうごく当たり前の考え方や習慣が,社保庁という組織には存在していないようだ。すなわち,マネジメントについての根本的な思想とか考えが存在しないように思える。しかし,出口が見つからないからと議論を重ねていても,年金制度の目的を実現する組織は育たない。何とか育てなくてはと思うばかりである。

再提出を命じられた社保庁の業務量調査

 年金業務・組織再生会議(以下,再生会議)の討議の中心は当初,日本年金機構の発足に伴って,機構が必要となる要員をどう確保するか,というものだった。日本年金機構は2010年以降,社保庁の年金業務を引き継ぐことになっている。

 再生会議が2007年10月4日に出した中間取りまとめを読んだだけでは「まとめがなぜ出されたか」と「どこを目指すべきか」は分からない。年金業務を円滑に遂行するために相応の要員が必要であることは,外部から見ても分かる。では,いったいどれほどの要員数が必要なのか。

 社保庁が2007年9月19日再生会議に提出した業務量調査報告は,「配布資料」として公開されている。同日の議事録を見ると,この業務量調査に対して,組織単位,事務局単位の業務量を提出するようとの指摘がなされている。

 業務量が把握できないと,要員の数は決定できない。再生会議はどのようにして要員数を決定するのか。社保庁自身がグズグズしていると,社保庁側の意向が反映されないまま要員数が決定する事態になるかもしれない。再生会議は職員の区分けの方針をどうするかを,かなり綿密に討議しているようだ。

 現時点では,次のことだけは確実に言える。再生会議の討議内容からすると,日本年金機構は現行要員数を削減する方向で情報システムの活用を促進しようとしている。つまり,日本年金機構が必要とする要員数は,現行の要員数よりも明らかに少ない。

先例にできない全国保険協会の要員数決定プロセス

 社保庁からは,日本年金機構よりも先に全国健康保険協会が分離される。この協会設立に関する審議経過は「全国健康保険協会設立委員会」の議事録などで公開されている。そこに「全国健康保険協会の職員の募集について」がある。この資料1(PDF)には,全国健康保険協会の総要員数は2100名で,このうち1800名は社保庁から,300名は社保庁以外から採用するとある。つまり,14.3%は社保庁以外から採用される勘定となる。

 ところで,この2100名とか300名とかいう要員の数は,どのように決定したのだろうか。同委員会は「全国健康保険協会の組織人員の骨格について」と題する参考資料を公開している。その11ページで,組織形態の説明の一部として要員数の算定方法が書かれている。見出しは「組織人員の規模の粗いイメージ」だ。

 この資料を精読していると,興味深いことに気付く。要員数は現行組織が約2200名(常勤),新組織である全国健康保険協会が約2000名(常勤)で約200名の削減となる(非常勤要員は1500名で変わらず)。削減対象は支部のレセプト点検部門や給付等サービス部門の要員が中心であり,本部や支部総務・企画部門は「本部機能の強化」「企画機能の強化」という説明のもと増員される。こういう粗い組織図と要員数の決定には,成果が測定,評価しづらい行政官庁の特質がそのまま現れているようだ。

 例えば,本部には「監査部門」が置かれて,組織名称は「監査室」となる。この組織は,以下の業務を担当するとされている(担当業務はこのほかにもあるらしい)。

  • 内部統制の検証
  • 会計・業務・システムの監査
  • 改善措置の提案
  • 監事の補佐

 それぞれの業務を何名で処理するつもりなのだろうか。公開資料からはその検討結果を知ることはできない。

 確かに,新組織には現行業務を遅滞なく推進しなければならないという難しい前提が存在している。改革,改善,改良の方法もまた多岐に渡るだろう。しかし,ここでも「業務の内容と量」を想定しないままに“頭数”を勘定している。ちなみに,本部の“粗いイメージ例”では54種類の職種・職能が書かれてある。ひとつひとつの職種・職能を読むと,とても1人や2人で担えるとは思えない。それで本部の85名だけで担いきれるのか。

 全国健康保険協会は,とても先例にはできない。私の印象では,まず社保庁で計画案のたたき台を作成している人々の「組織の作り方」についての意識変革と専門的知識の習得から始めなければならない。全国健康保険協会設立委員会は,この“粗い”イメージのままで2007年10月25日,社会保険庁長官に,法令に従った要員募集の開始を通知した。

 ちなみに,全国健康保険協会の設立は,2008年10月だ。年金業務・組織再生会議も懸念を表明していたが,同協会が日本年金機構より先に設立されて,社保庁から職員が転籍することになると,「社会保険庁には余剰人員が溜まる」「優秀な人員が全国健康保険協会へ転籍してしまう」という現象が生じる可能性がある。

 このような現象によって,どのような不利益が加入者や被保険者に生じるか,現時点では定かでない。確実に言えることは,将来に何らかの問題を生じさせないための担保は存在しないということだ。

 次回は社保庁に突きつけられて店ざらしになった改革,改善点を検証する。

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■多田 正行 (ただ まさゆき)
【プロフィール】
 CRM(顧客関係管理)分野で数々の経験を積んできたコンサルタント。1947年生まれ。著書は「売れるしくみづくり」(ダイヤモンド社),「コールセンター・マネジメント入門」(悠々社),「コトラーのマーケティング戦略」(PHP研究所)など。ITpro WatcherにCRM Watchdogを連載中。