まずは図のマトリックスをご覧下さい。

 縦軸には「社会の視点」、横軸には「会社の視点」をとって、それぞれ「拒絶行為」「許容行為」「推奨行為」に分けています。

 まず、縦軸の拒絶行為とは、社会の視点からみたときに「これをやってはいけない」「この一線を踏み越えてもらっては困る」というものです。具体的には諸法令や、人としてのあり方といった強い道徳規準で、一般的には、ここの領域を守ることをコンプライアンス(法令遵守)ということが多いものです。

 許容行為と推奨行為を分けるのは、選好や慣習です。推奨行為の領域はすでに世の中に存在していることで多くの人がそれを良いことだと認識しているようなもの。たとえばよい商品を作るといったことや、時間を守る、信用を裏切らないといったことです。一方、許容行為はそれをやめろとまでは言わないけれど、あまり推奨されない領域を指します。ダーティで多くの人からは非難されるものの法令違反ではない行為がここに該当します。

 横軸の会社側の視点に移ると、世の中の基準とは別に、「うちの会社でやってもらっては困る」という拒絶行為があって、そうした行動を定めているのが就業規則や行動規範、規程です。たとえば働く時間、場所などの取り決めは、業種業態、会社の考え方によって、その基準は大きくことなります。また、会社としてこういうことを実現していきたいので、社員の皆さんにはこういう働き方をしてほしいといった内容を定めた経営理念やビジョンが、会社の推奨行為と許容行為を分ける基準となります。これらの内容は組織や個人の業績評価や人事考課の指標となって組み込まれています。

 仕事をこのようなマトリックスで分類する理由は、コンプライアンスプログラムを進める上で有効だからです。会社に明確な価値判断基軸を定着させていくためには、全ての領域に対して同じような取り組み方をすることは得策ではありません。それぞれの領域ごとに事の性質がまったくに異なるので、それに合わせた形できちんと対応することが必要になってくるのです。

 具体的に話を進めましょう。まず、社会も会社も拒絶行為としているマトリックスのオレンジ色の部分は、明らかな問題行為の領域です。著作権の侵害、不正や横領、架空受注、あるいはインサイダー取引や個人情報の取扱いなど、例をあげるとたくさんあります。

 この領域に関して、昔はあまり気にとめることもありませんでした。会社も社会も以前はおおらかでマスコミも今のように魔女狩りするようなことはありませんでした。しかし現在は状況が大きく変わっています。まず、法律がどんどん変わっています。かつての生産者主体、あるいは間接金融を基本にした考え方から消費者主体、直接金融の考えに世の中が変わっていく中で、ありとあらゆる法律も変わり、その結果、昔はよかったことも全面的に見直していかねばならなくなっているのです。

 社内における上司と部下のコミュニケーションの時間が減っていることも大きいでしょう。以前はアフター5に上司がやっていいこと悪いことの考え方をこんこんと教育してきたわけですが、そういう機会が絶対的に少なくなっています。また、差別化の時代となって、会社だけでなく一人ひとりの働き方も他人と違うことをやって成果を出さないと認められなくなってきました。その際にどこにOBゾーンがあるのかきちんとわかっていれば誰もおかしなことはしないわけですが、それをきちんと習っていないからOBゾーンを平気で踏み越えていくようなことが起きてしまうわけです。

 高速道路では誰も路側帯を走りません。免許を取得するときにみんなその理由を習っていますし、試験でも出ますから。ところが、理由を教えていなければ「空いているのだから走っていいじゃないですか!」といって違反する人が出てきます。今、こういうことがビジネス社会でよく起こっていて、例えば若い人の提案書を見ると本当にパクリだらけです。インサイダー取引なども、これだけ多くの会社で問題になっているにもかかわらず、取引先の情報をもとに売買をする人があとを絶ちません。これらは多くの場合、悪意でやっているのではなく、単にルールを知らないんですね。

 ですから、このオレンジの領域についてはあきらめて勉強してもらうしかありません。ここで難しいことは、勉強しなければいけない領域が思ったよりも幅広いことです。ありとあらゆる領域にビジネスのルールは存在しています。コンプライアンス担当者が数時間研修をしたぐらいではとても追いつきません。

 そのため、多くの会社でコンプライアンスハンドブックが社員に配布されていると思いますが、ただ配るだけでは社員も読みません。でも、それでは困るのです。社員が必ず読むような仕掛けを作り、繰り返しながら教育をやり続けて、全社員への浸透をはかる必要があります。

 後述しますが、私がCCOとしてコンプライアンスプログラムを推進したカネボウ化粧品では、社員のやる気と経営陣の後押しもあって、業務の中で遭遇しそうな問題(前回例示したようなもの)をピックアップし、3択問題にしたEラーニングを1年半以上にわたってやり続けることができました。その結果、社員の意識、知識レベルは大幅に向上したのです。

 この領域は、とにかく真面目に継続しつづけることが大事なのです。

注)当コラムの内容は、執筆者個人の見解であり、所属する団体等の意見を代表するものではありません。


秋山 進 (あきやま すすむ)
ジュリアーニ・コンプライアンス・ジャパン
マネージングディレクター
リクルートにおいて、事業・商品開発、戦略策定などに従事したのち、エンターテイメント、人材関連のトップ企業においてCEO(最高経営責任者)補佐を、日米合弁企業の経営企画担当執行役員として経営戦略の立案と実施を行う。その後、独立コンサルタントとして、企業理念・企業行動指針・個人行動規範などの作成やコンプライアンス教育に従事。産業再生機構の元で再建中であったカネボウ化粧品のCCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)代行として、コンプライアンス&リスク管理の体制構築・運用を手がける。2006年11月より現職。著書に「社長!それは「法律」問題です」「これって違法ですか?」(ともに中島茂弁護士との共著:日本経済新聞社)など多数。京都大学経済学部卒業