政治的にも高い関心を集める日本郵政と社会保険庁の巨大システム。日経コンピュータで特集「実録!郵政民営化」を執筆した大和田尚孝記者と,同誌の年金問題取材班である森側真一副編集長,井上英明記者が両組織におけるシステム刷新の実情を語る。(聞き手は神近 博三=ITpro

2008年以降の日本郵政グループと社会保険庁のシステムに,どのような動きがあるか教えてください。

大和田 尚孝(日経コンピュータ記者)
大和田 尚孝(日経コンピュータ記者)

大和田 日本郵政グループは旧日本郵政公社が2007年10月に分割・民営化されて誕生しました。その時点のシステムは“暫定対応”だったわけですが,2008年以降は民間企業と正面から競争するためにシステムの“本格対応”が始まります。例えば,「ゆうちょ銀行」では,全銀システムへの接続に旧大和銀行のシステム,融資システムには旧UFJ銀行のシステムを採用して,機能強化に取り組んでいくことになります。

森側 社会保険庁では,2010年の稼働開始を目指して,社会保険オンラインシステムの開発が進んでいきます。開発プロジェクトを検証・点検する「社会保険オンラインシステム最適化評価ワーキンググループ」が2007年12月に発足しましたから,現行の業務プロセスやシステムに対する反省を,反映する動きも具体化してくるでしょう。

社会問題化した「宙に浮いた5000万件の年金番号」では該当者不明の年金番号の被保険者を特定するための「名寄せ作業」が当初,2008年3月までに完了することになっていました。

森側 処理すべきデータ量が膨大ですから,名寄せ作業には専用のプログラムが使われています。ただ,コンピュータで解決できないものは,手作業で確認しなければならない。このため,2008年3月までの解決はもちろん,「最後の一件まで明らかにする」ことも難しい状態になっています。


公的年金独自の制度をどこまで維持するかが問題

日経コンピュータによると日本郵政グループの分割・民営化では,システム“暫定対応”に4万3000人月,1000億円規模を超える金額が投じられ,今後の“本格対応”でさらに5万9000人月の開発作業が発生する,とあります。

大和田 システムの規模が大きいため,開発費はどうしても膨らんでしまいます。例えば,ゆうちょ銀行のATMは全国で2万台以上あり,メガバンクのATMを全部足したより多い。絶対額だけで単純に比較はできません。

1000億円規模の開発費はやっぱり「高い」と思う
1000億円規模の開発費はやっぱり「高い」と思う
旧日本郵政公社の分割・民営化暫定対応や社会保険オンラインシステムでの1000億円を超える開発費への感想(有効回答=1972)

開発費用を抑えるための工夫はされているのですか。

大和田 先ほども触れましたが,民間の既存システムを流用できる部分は流用しています。カード事業でも,提携先となる三井住友カードとジェーシービーに事務処理をアウトソーシングすることになるでしょう。また,郵便事業を手がける日本郵便は,2008年10月に日本通運と新会社を設立し,宅配便事業を統合します。この事業統合で日本通運の宅配便システムを手に入れることができます。

社会保険庁でも,新システムの開発費は1000億円を超える見通しです。

森側 社会保険庁のシステムは,民間と比較することで開発費の妥当性を検証できると思います。そのとき問題になるのは,公的年金独特の制度をどこまで維持するかです。それらを省略できるのであれば,民間生保のシステムを流用して開発費を抑えるべきだ,という議論が当然出てくるでしょう。

井上 社会保険のシステムには,制度変更に短期間で対応しなければならないという特殊事情があります。現行システムでも制度変更にともなう機能変更が頻発するため,年間の保守費用は500億円にも達しています。コストを削減するには,こういった枠組みにも目を向ける必要があります。

森側 真一(日経コンピュータ副編集長,写真左)/井上 英明(日経コンピュータ記者,写真右)
森側 真一(日経コンピュータ副編集長,写真左)/井上 英明(日経コンピュータ記者,写真右)