中国の通信業界で今最も話題になっているのは,第3世代携帯電話(3G)の動向だ。中国では,独自提案した3G方式「TD-SCDMA」の導入が予定されており,8月に開催される北京オリンピックでは大々的なトライアルを行う。現時点で,商用サービスの開始時期や免許を取得する事業者は確定していない。中国最大規模の通信・IT展示会である「PT/Expo Comm China 2007」の現地レポートから,中国における3Gの最新動向を読み解いていこう。

(日経コミュニケーション)

 2007年10月23日から27日まで,中国・北京の国際展覧中心(国際展示センター)にて通信・ITの大型展示会である「PT/Expo Comm China 2007」(中国語では「2007年中国国際通信設備技術展覧会」)が開催された(写真1)。展示会には33カ国から850社が参加。5日間の会期の入場者数は約20万人と伝えられている。

写真1●PT/Expo Comm China 2007の会場である国際展覧中心

 この展示会は90年代から毎年秋に開催され,通信業界では最も「老舗」にあたる。主催は情報産業部などの政府監督官庁で,主要な通信事業者が協賛する形となっている。年ごとにIT全般の「Expo Comm」と,携帯電話・無線通信が主体の「Wireless Comm」が交互に行われている。昨年は香港で行われた「ITU TELECOM WORLD 2006」(関連記事)と時期が重複したため,開催を取りやめた。そのため,今回は2年ぶりの開催となった。

 かつては,中国で行われる通信・ITの展示会は海外メーカー,海外事業者のオンパレードだった。しかし今回の展示会では,主体はすでに中国企業に移っており,時代が変わったという印象を受けた。外国企業もいかに中国に根付いた業務展開をしているかが訴求の中心になっている。

 余談であるが,少し前までは展示内容よりも各社のノベルティや綺麗な紙袋を目当てに集まる客もかなり多かった。だが最近は,展示側も配布物は最小限にしているところが多くなっている一方,見物客のマナーも向上しており,落ち着いた雰囲気になったと感じられる。展示方法も様変わりし,パネル式はほとんどなく,パソコンと大型ディスプレイを接続した形態が主流となっていた。

TD-SCDMA成功に賭ける中国政府に焦り?

 多くの方がご承知の通り,中国における最大のトピックは2008年8月に開催される北京五輪である。また通信業界では,第3世代携帯電話(3G)の動向が話題だ。3Gの開始時期や免許事業者が数年前から関心の中心となっているが,依然として先行きは不透明である。このような外部環境もあり,今回のExpo Comm Chinaは北京五輪と3Gに関する展示が特に目に付いた。

 3Gについては,中国が開発した通信規格である「TD-SCDMA」(time division-synchronous code division multiple access)に関するものが,いずれのブースにでも力点が置かれていた。その半面,W-CDMAなどTD-SCDMA以外の3G方式に関する展示はほとんどなかった。中国が国を挙げてTD-SCDMAを成功させたい意欲,裏返せば焦りのようなものが感じられる。

 TD-SCDMAを切り口に各ブースを見てみると,通信事業者ごとに力点の置き方が異なっていた。例えば固定通信事業者である中国網通(チャイナ・ネットコム)は,パネルなどを使ってTD-SCDMAの実証実験の現状を紹介していた。とはいえ,同社が手掛けるTD-SCDMAの実証実験は青島1カ所のみである。

写真2●中国移動による北京五輪携帯公式サイトの展示
写真2●中国移動による北京五輪携帯公式サイトの展示
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 その一方で,携帯電話事業者である中国移動(チャイナ・モバイル)は,実証実験に関する展示がほとんどなかった。五輪競技開催都市などで実施しているTD-SCDMAの最終実証実験において,同社が中心的な役割を果たしているにもかかわらずだ。それよりも,3G時代を見越した各種アプリケーションの宣伝に力を入れていた(写真2)。中国移動や中国聯通(チャイナ・ユニコム)の展示ブースでは,中国人に人気の高い株式投資に関する情報サイトなどが大きく扱われていた。

 背景には,固定通信への関心の低下がある。中国網通や中国電信(チャイナ・テレコム)といった固定専業事業者は,この種の展示会でアピールできるものが少なくなっている。この点は各国の固定通信事業者と同様であると言えよう。中国の固定通信事業者は,今後の3G免許を契機として「総合情報サービス事業者」になることを戦略の重点としていると展示ブースにも明示してあった。つまり,3G免許の獲得に向けた技術力を,展示会を通じてアピールしていると言える。

 なお,現在の中国の3G免許に関する大方の見方は以下の通りだ。まず,現在進行中の五輪競技開催都市などでのTD-SCDMA実験は今後も継続する。そして,特定事業者に免許を出さない状態のまま,五輪期間に対外的に実質商用化をアピールする。正式な免許の交付は,五輪以降にあらためて行うことになりそうだ。

 ここで課題となるのが,中国移動が突出して巨大化したため,通信市場が不均衡な状態になっていることである。この是正を目的として,固定通信業務と携帯電話業務を兼ね備えた「全業務ライセンス」の発給を,中国政府が検討しているというニュースが2007年末に伝わっている。3G免許の交付や事業者の再編よりも,全業務ライセンス導入で固定通信事業者の苦境を緩和することが当面は必要としており,今後の動きが注目される。

端末・基地局メーカーは韓国勢が目立つ

 展示会の性質上,主力は通信事業者でなく端末ベンダーなどのメーカーである。特に中国の場合は,日本のようなSIMロックによる通信事業者主導のビジネスモデルではなく,メーカーが主体になって端末を売る形態である。メーカーにとっては,展示会は自社製品をアピールする貴重な場となっている。

 TD-SCDMAについては,同方式の端末や基地局のメーカーが会員企業となっている「TD-SCDMA産業聯盟」が各種製品を総合的に展示していた(写真3)。このほか,中国内外のメーカーが個別ブースで同方式の端末を数多く展示していた(写真4)。TD-SCDMA方式は,展示会場のある北京市内でも実験が進められている。そのため,展示会場でその電波が受信できるようになっていたようだ。展示されている端末を使って,TD-SCDMA接続の動態展示を行うブースもあった。

写真3●TD-SCDMA産業聯盟のブース
写真3●TD-SCDMA産業聯盟のブース
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写真4●中国レノボが展示していたTD-SCDMA端末
写真4●中国レノボが展示していたTD-SCDMA端末
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写真5●韓国LG電子が展示していたプラダ端末
写真5●韓国LG電子が展示していたプラダ端末
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 欧米をはじめとする海外のメーカーも,TD-SCDMAに関するソリューションを多数展示。なかでもLG電子やサムスン電子といった韓国メーカーが展示会場で目立っていた(写真5)。すでに韓国ソウルの一部でTD-SCDMA実験が行われていることもあってか,これまでの各地での五輪への貢献の紹介と合わせ,力が非常に入っているのが見てとれた。

 日本の大手メーカーも大きなブースを出していたが,内容は豊富なものの総花的で,残念ながら重点をどこに置いているのかが明確に感じ取れないように思われた。日本メーカーでも3G関連の測定器や基地局関連設備など,特定の分野に強みのあるメーカーの方がむしろ今後の戦略がどこにあるのか明確化されているように見て取れた。

町田 和久(まちだ かずひさ)
情報通信総合研究所
1986年東京外大中国語科卒業,NTT入社。北京駐在他海外関連業務を経て2004年より現職。中国を中心としたアジア地域におけるICT分野全般に関する調査研究およびコンサルティング業務に従事。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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