2007年のリッチクライアント分野では,Adobe SystemsとMicrosoftによる強力な製品/技術アピール合戦が印象に残った。それぞれの製品や技術のポイントは何か,本当に企業システムに浸透していくのか,この分野に明るい二人に話を聞いた。(聞き手は道本 健二=ITpro)
2007年のリッチクライアントの大きな話題は,Microsoftの「Silverlight」と,Adobe Systemsの「AIR」(Adobe Integrated Runtime)という2大技術の対決構図が明確になったことでしょう。これは2008年も続くと思いますが,現状はどうなっているのでしょうか。
中條 2007年9月にSilverlight 1.0が出荷開始されました。11月には,USENの無料動画配信サービス「GyaO」で,Silverlightを使った映画予告編の配信サービスが始まりました。製品化および事例という点では,Silverlightが先行しています。しかし,AdobeのAIRは,開発コード名Apolloとして,Silverlightよりも早い段階から開発表明されていたので,知名度ではAIRも負けていないでしょう。AIRの出荷開始は2008年早々と言われてます。実際にそれぞれの製品が出そろうと,よりいっそう対決色が濃くなるでしょうね。
![]() |
AIRとSilverlight,現段階ではどちらが優位とは言えない 最新の二大リッチクライアント実行環境のうち,(A)興味があるもの(有効回答=357)と,(B)その選択理由(有効回答=250) [画像のクリックで拡大表示] |
SilverlightやAIRのデモは,見た目が派手でかっこいいクライアントの例をよく見せています。こうしたリッチクライアントは,BtoCのサイトなどでは必要性がわかるのですが,本当に企業システムでも使われていくのでしょうか。
田中 すぐに必要かどうかはともかく,おそらく使われていくようになると思います。現在Adobeは,独SAPと密に協業しており,すでにSAP製品にAdobeの技術を使っています。AIRとSAP製品を組み合わせるデモも行いました。したがって,必ずしもユーザーが望むかどうかはわかりませんが,機能としてリッチクライアントは企業システムにも浸透していくでしょう。
少なくともベンダーやSIerは,リッチクライアントに本気で取り組もうとしているし,関連製品も次々に出てくるというわけですね。
田中 いま企業システムの側では,企業内の膨大な情報(データ)を,意思決定に役立つようにどのようにわかりやすく見せるかといったBusiness Intelligenceの技術が求められています。そうしたニーズは,データ・ウエアハウスの構築が必要だと叫ばれていた時代からずっとあるわけですが,現在においては,その解決策の一つはリッチクライアントでしょう。
クロスプラットフォームも魅力
![]() |
中條 将典 (ITpro副編集長 Strategic Web Designサイト担当) |
中條 企業にとっては,操作性が向上する,見た目にわかりやすいといった利点も重要ですが,リッチクライアントのもう一つの側面も見逃せないでしょう。それは,クロスプラットフォームであるということです。
AdobeとMicrosoftは,互いに逆方向からクロスプラットフォームの実現が容易だと主張しています。Adobeは,Flashという広く普及しているWeb上のプラットフォームがあります。それがベースとなって,AIRではWebアプリケーションと同じプログラミングで,デスクトップ・アプリが作れると主張しています。一方,MicrosoftのSilverlightでは,Windowsと同じ手法でWebアプリが作れると言います。
コンテンツやユーザー・インタフェースがリッチであることはもちろん重要です。加えて,同じ手法でWindowsやWeb,他のOSなど様々なプラットフォームのアプリケーションが作れることが,開発する側には大きな意味を持つと思います。
OSに依存しないSilverlightは,Microsoftにとっては自分の首を絞めかねないものだと思うのですが。
田中 そうだとわかっていてもMicrosoftにとってはメリットがある,あるいはOS云々と主張する時代ではないということでしょう。ここまで本格的にクロスプラットフォームをうたった技術は,Microsoftにとって初めてだと思います。その意味で,SilverlightはMicrosoftが今後進んでいく一つの方向を象徴しているように感じます。
開発者としては,開発のしやすさやツールの充実度が気になると思います。そういう点では,Microsoftが一歩リードしている感じでしょうか。
中條 そうとも言い切れないでしょう。これも,先ほどのお互いが得意とするプラットフォームから相手側に攻め込む話に似たところがあります。
ポイントは,リッチクライアントはデザインとロジックの両方が重要だという点です。デザイナとプログラマが役割を分担して開発するので,それぞれが気に入るツールをそろえることが大切です。Adobeには,PhotoshopやIllustratorなどのデザイン・ツールとFlexという開発ツールがあります。一方,Microsoftには開発ツールVisual Studioがあるものの,デザイナ向けツールがありませんでした。
そこで,2007年6月にExpression Studioというツール群を発表しました。これには通常のデザイン・ツールだけでなく,デザイナがリッチクライアントを開発するための支援ツールExpression Blendが含まれています。すると,Adobeは2007年11月に行われた「Adobe MAX Japan 2007」というイベントで,Blend対抗となるツール「Thermo(開発コード名)」を発表しました。
ちょうど対応表が出来るほどに,それぞれのツールのラインナップは似通っています。これらの本格的な評価はこれからでしょう。
![]() |
リッチクライアント構築のためにAdobeとMicrosoftが用意するソフト [画像のクリックで拡大表示] |
ツールがそろったとしても,ユーザーが満足するリッチクライアント・システムを開発するのは難しそうですね。
![]() |
田中 淳(日経ソフトウエア編集長) |
田中 確かに,簡単ではないと思います。特に,クライアントは単に開発すればいいというものではなく,デザイン力やセンスが求められます。プログラマとデザイナとの緊密なコラボレーションが必要になるので,これまでより開発のハードルは高くなりそうです。
ただし,こうした開発スタイルの変革は,新たなビジネス・チャンスを生む良い面もあります。AdobeとMicrosoftに限らず,もっと広い意味で2008年のリッチクライアント分野は目が離せないと思います。