筆者の元旦は午前5時に起きて,真っ暗闇の中,柴犬クメハチとの散歩で始まります。いまの季節は,東の空に浮かぶ明けの明星と,西の空に沈むオリオン座が美しい。午前6時までに朝食を終え,朝刊2紙に目を通す。年が明けてもこの習慣に変わりはありません。

 その日の朝刊には,独立行政法人で減価償却費が計上されていない問題が掲載されていました。公益法人の多くが減価償却を行なっていないのは,よく知られている事実。その理由について,お役人は次のような答弁をしていました。「独立行政法人の資産は収益を上げることを目的としていないので,減価償却はしなくてもよいと判断する」と。

 こういう記事を読むと,筆者はニヤリと笑みがこぼれます。この発言を論理学における“対偶”に変換すると「民間企業が減価償却を行なうのは,収益を上げることを目的としているからだ」となります。こう表現することにより,お役人の思考ベースには「費用収益対応の原則」があると推測することができます(注1)

 しかし,残念ながら,減価償却は「費用収益対応の原則」に基づいて行なうものではありません。このお役人は,そこら辺のところがわかっていないらしい。記事の内容も今ひとつ,ツッコミの足りないものとなっていました。

減価償却費には「費用収益対応の原則」を適用しない

 コストを計上するにあたっては,大きく2種類のコースがあります。棚卸資産→売上原価のコースと,固定資産→減価償却費のコースです。

 このうち,売上原価のコースについては「費用収益対応の原則」が適用されるのは言うまでもありません。売上高が2倍になれば,売上原価もほぼ2倍になる。収益(売上高)と費用(売上原価)とを対応させなければ,むしろ粉飾決算として糾弾されます。

 では,減価償却費のほうはどうでしょうか。当期の売上高が前期の2倍になったから,その「収益に対応」して,減価償却費の計上額も2倍にしていいのでしょうか。

 違いますよね。つまり,減価償却というのは,「費用収益対応の原則」とは異なる会計原則に基づいて行なわれるということです。

「ふ~ん,その会計原則って何ですか?」
おっと,シバヤマ課長,いきなりどこから現われたんですか。
「さっきから,タカダ先生のうしろに立っていましたよ」
あ,そうか,ここは筆者が顧問を務めるM産業の図書室でしたね。休憩時間を利用して,ITproのコラムを書いているところでした。

 ちょうどいい。そこの書棚に並んでいる叢書(そうしょ)をお借りできますか。巻末資料を見ると,昭和30年代に相次いで公表された,企業会計審議会の『連続意見書』を参照することができます。古色蒼然とした文体なので一般には敬遠されるシロモノですが,労を厭(いと)わずに故(ふる)きを温(たず)ねてこそ,会計原則や会計制度のルーツを知ることができます。

「しかし,これは膨大な上に,難解ですよ」
無理には勧めません。知識の習得を入門書レベルでとどめ,お役人の狡猾な答弁に騙(だま)され続けるほうが幸せな場合もありますからね。
「役人の側からすれば『由(よ)らしむべし,知らしむべからず』といったところですかね」

 う~ん,ちょっとニュアンスが異なりますね。「由らしむべし~」を,「国民に法令の趣旨など理解させる必要はなく,一方的に従わせればよい」と解釈するのであれば,それは誤りです。

 ところで,御社では公益法人の減価償却制度を議論するよりも,もっと優先的に取り組むべき課題があるでしょう。たとえば,なんでいまだに,減価償却費の相手科目が『減価償却引当金』なんですか。

「そうはおっしゃいますが,これは昨年購入した会計システムに,最初から設定されている科目ですよ」
シバヤマ課長は胸を張って答えてきました。

 なんとまぁ,「IT」という言葉を聞けば,時代の最先端をいっている,と思い込んでしまうんですねぇ。

「でも,タカダ先生,この操作マニュアルにも『減価償却引当金』の勘定科目が掲載されていますよ」
課長が,会計システムで有名な○○社製の操作マニュアルを持ち出してきました。その仕訳例には,しっかりと『減価償却引当金』の文字が…。

 失礼ながら,○○社では先ほどの役人に輪をかけて,ここ数年どころか,数十年間,会計理論の学習を怠ってきているようです。故(ふる)を温存し,パッケージの表装だけを新しいものに差し替えて,IT革命を標榜するのは偽装表示といえなくもない。まぁ,「温故」は,「ふるきをたずねる」と読む以外に「ふるきをあたためる」とも読みますから,一概に偽装とはいえないか。

 平成の御代となって20年目が明けたというのに,筆者は良くも悪くも昭和の時代に戻らされた気分になったのでした。

(注1)拙著『勘定科目の基本が面白いほどわかる本』(中経出版)90ページ参照


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/