動画方式とバーチャル・スライド方式はシステムの形が異なるため,それぞれメリット・デメリットが存在する(図1)。動画方式は,顕微鏡に検体を載せるだけで診断が可能になる点がメリット。顕微鏡で拡大・縮小する様子もリアルタイムで伝送できる。ただし,病理医が診断に要した画像の閲覧履歴の保存性は弱い。そのため,手術中の迅速診断用途に向いている。

図1●動画方式とバーチャル・スライド方式のメリット・デメリット
図1●動画方式とバーチャル・スライド方式のメリット・デメリット
動画方式はリアルタイム性が高く,バーチャル・スライド方式は症例のアーカイブ用途などに向いている。

 バーチャル・スライド方式は,診断を開始するに当たって検体全体を高精細データとしてスキャンするので,時間がかかる点がデメリット。スキャン時間は「2cm四方で4~5分くらいかかる」(澤井教授)ため,一刻を争う手術中の迅速診断などには向かない。一方でデータをあらかじめ蓄積することから,保存性が高い点がメリットだ。症例のアーカイブや,ほかの病理医が閲覧した画像情報の履歴を記録して後から確認できるなど,複数の病理医による情報共有用途に向いている。

 日本では経済産業省を中心に,がんの症例を蓄積して病理診断の判断に役立てようと動きがある。2007年前後に100近くの病院がバーチャル・スライド方式のシステムを導入しているという。

 価格については「両方式ともシステム全体で約1500万円前後で,あまり差はない」(澤井教授)。このうち顕微鏡など入力装置の価格が全体の半分近い700万~800万円を占めている。

 最近では両方式が互いの良い面を取り入れようとして機能的に接近している。例えば,バーチャル・スライド方式ではスキャンの時間が短くなり,動画方式は蓄積や保存機能が追加されているという。

HD品質になれば診断の精度はさらに高まる

 澤井教授は「テレパソロジーのシステムは,技術的には完成に近付いている。ネットワークの急速な発展が与えた影響は大きかった。今後,動画とバーチャル・スライド方式が互いの良い面を取り入れることで,さらにテレパソロジーは普及するだろう」と語る。

 今後の発展の方向性として,さらなる画質の向上も挙げられる。現在,動画方式で伝送できる画質は標準(SD)画質にとどまっている。「例えばピロリ菌は標準画質だと見つけにくいが,HD品質であれば判別が付く。HD品質で動画を送れるようになれば,より正確な診断を下せるようになる」と澤井教授は期待する。

動画対応によって使い勝手は一変した
澤井 高志 岩手医科大学医学部 病理学第一講座教授
澤井 高志
岩手医科大学医学部
病理学第一講座教授

 テレパソロジーは,規制緩和やIT機器,通信手段の発展を背景に拡大してきた。一番大きかったのは,通信手段とパソコンの発展だろう。通信手段が高速化し,従来の静止画から動画を扱えるようになったことは,エポック・メイキングな出来事だった。静止画の時代に比べとても使いやすくなっている。

 だが病理医の間にも,まだまだ静止画の時代のテレパソロジーのイメージを持ち続け,利用に難色を示している人がいる。顕微鏡をその場で操作しないと嫌だというのだ。

 もっとも若い病理医たちには,パソコンの画面で病理診断することへの抵抗は無い。昨今のテレパソロジーのシステムは,その場で顕微鏡を見ているような操作感を実現している。

 ネットワークのコストも,月数千円で済むようになるなど大幅に下がった。かつて衛星回線を使ったことがあったが,その時は1時間27万円もかかった。時間が経つごとにテレパソロジーの利用者は増えていくだろう。

 実はつい先日(取材日は2007年7月)もテレパソロジーを使って,100km以上も離れた病院と岩手医科大学を結び,手術中の迅速診断を実施したばかりだ。がん組織の近くの検体を取って,その部位にまだがん細胞が残っているかどうか判断を求められた。

 もし組織が残ったままだとがんは再発し,最悪のケースでは患者は死に至る。その一方でがんが全くないところまで切除するのでは,患者の負担が大きくなる。病理医が判断することで最小限の切除で済ませられる。テレパソロジーを使うことで,こうした診断を手術中でも下せるようになった。

 本来であれば各病院に病理医がいて,診断する形が望ましい。だがそう簡単に病理医は増えていかない。だとすればITの力を使い,テレパソロジーを普及させていくことが重要だ。(談)