実はテレパソロジーへの取り組みは,20年近く前から始まっていた。必要なシステムの構成要素は当時からほとんど変わっていない(図1)。送信元(患者がいる病院)の設備は,検体の画像を取り込むための顕微鏡と映像送信用の端末。受信先となる病理医側の設備は,映像表示用の端末,遠隔で送信側の顕微鏡を操作するためのアプリケーションや機器などが必要になる。診断行為は,送信側と受信側のコミュニケーションそのもののため,双方で意思の疎通ができる通話装置なども必要になる。そして最後に,両者を結ぶネットワーク回線が不可欠だ。

図1●テレパソロジーの主な構成要素
図1●テレパソロジーの主な構成要素
送信側と受信側の機材が進化したのと並行して,両者を結ぶネットワークが高速化し料金も大幅に下がった。

 ネットワーク回線は,取り組みが始まった当初はアナログ公衆回線やISDNだったが,最近ではADSLやFTTHが主流となっている。

 ここ数年来のブロードバンドの進展が,テレパソロジーをさらに使いやすくしている(図2)。ネットワークが高速化し低料金化したことによって,大容量の映像を様々な地域との間でリアルタイムに送信できるようになったからだ。

図2●ネットワークの高速化やブロードバンドの進展がテレパソロジーの普及を後押し
図2●ネットワークの高速化やブロードバンドの進展がテレパソロジーの普及を後押し
ブロードバンド・エリアの拡大により,都心部以外の地域でも導入しやすい環境が整った。

 ブロードバンドのエリアが広がったことで,病理医不足が深刻な都心部以外の地域でもテレパソロジーを手軽に導入できるようになった。さらには映像の送受信端末となるパソコンの性能向上やテレビ電話用アプリケーションの使い勝手の向上も,それを後押ししている。

写真1●伝送路にNGNを使い,HD品質の細胞動画を伝送
写真1●伝送路にNGNを使い,HD品質の細胞動画を伝送

 2007年度下期にNTTグループが商用化する予定のNGN(次世代ネットワーク)を使えば,もっと安全かつ安定的にテレパソロジーを利用できる。NGNが提供するQoS機能や帯域保証機能を使うことで,電子顕微鏡からのHD品質の動画を安定的に送れる。

 さらに回線認証機能を使うと,医療情報に強固なセキュリティを確保したうえで伝送できる。NTTグループが実施中のNGNフィールド・トライアルでは,NGNを使ってHD品質の細胞動画を伝送するテレパソロジー・システムを公開している(写真1)。


静止画システムからスタートするも失速

 そもそも日本におけるテレパソロジーは,1984年に慶應義塾大学がアナログ公衆回線を使って実施したのが最初の取り組みと言われている。その後1990年ころからネットワークにISDN回線を使った取り組みが全国各地で始まった(図3)。

図3●日本におけるテレパソロジーの発展(岩手医科大学澤井高志教授作成の資料を基に作成)
図3●日本におけるテレパソロジーの発展(岩手医科大学澤井高志教授作成の資料を基に作成)
20年以上前から取り組みが進んでいる。法律改正があった1998年以降,本格的にテレパソロジーの実用化が始まった。
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 ただこの時期はあくまでトライアルがメイン。当時は医療行為は患者と対面して行わなければならない法律が残っており,テレパソロジーの本格的な運用はできなかった。1998年に法律が改正され,対面診療でなくても医療行為が可能になったことで,テレパソロジーの実用化が始まった。

 ネットワークの高速化に伴って,テレパソロジーで伝送可能な情報量も大きく進化した。当初はISDNの64kビット/秒など,ネットワークの帯域が細かったため,静止画を伝送するシステムがほとんどで,まだまだ実用的ではなかったという。澤井教授は「検体をフォーカスする位置を動かすごとに画像伝送するため,何をするにも時間がかかる。1回の診断で300枚から400枚もの静止画を伝送することもあり,診断を終えるまでに40分から1時間ほどかかった」と振り返る。

 高速な光ファイバを電力会社などから借りて実験をすることもあった。ただ,この方式では接続先に光ファイバを敷設する必要があったため,相手が限定的されていた。

 また当時は画像を表示するパソコンの性能も低く,ディスプレイに表示される画像もきれいではなかったという。「病理医の間から,『誤診したらどうするんだ』『誰が責任を取るんだ』と,テレパソロジーの導入に対する反対意見が巻き起こった」(澤井教授)。

 事業者ごとのシステムに互換性が取れていないかった面でも課題があった。「経済産業省の外郭団体である医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)が,ニコンやオリンパス,NTTデータなど当時ISDNを使ったテレパソロジーのシステムを取り扱っていた事業者間で互換性を取ろうとした。これはある程度まで進んだが各社とも譲らず,結局空中分解になった」と澤井教授は打ち明ける。その後,各事業者の開発はストップし,静止画方式は廃れていくことになる。