プロジェクトの目的自体に問題がある場合はさておき、プロジェクトを成功させたくないと思っている人はいない。プロジェクトを成功させるために、「プロジェクトマネジメント」という考え方と手法があると聞けば、どのようなものか関心を持つはずだ。ただしプロジェクトマネジメントは、カタカナ表記をしている通り、欧米流の考え方であり手法であって、日本に合う面と合わない面があり、注意が必要だ。

 もっともらしいことを書いているが、記者活動の一環として6年ほど前に「プロジェクトマネジメント」を紹介する記事やコラムを書き始めた当時、筆者の姿勢はこうしたバランスを欠いており、「欧米ではこうしている、かたや日本は」という「ではのかみ」であった。その最たるものが、日本的プロジェクトの象徴と言える人気番組『プロジェクトX』に絡んだ一件である。

 2003年2月17日、日経ビジネスExpress(現・日経ビジネスオンライン)の連載「経営の情識」の第16回として、「『プロジェクトX』の題名に異議あり」という短文を公開した。2003年当時、プロジェクトXは大変な人気を誇っており、それに異議を唱えた格好になったため、公開直後から読者の批判が複数書き込まれ、その後、日経BP社のポータルサイトに転載したこともあって賛否合わせて100件近い意見が書き込まれた。筆者にとって、インターネット上に公開したコラム群の中で最も読まれ、最も批判された文章になった。まず、その記事を再掲する。

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<「プロジェクトX」の題名に異議あり>

「日本人の現場力を感じさせてくれるから、あの番組を悪いというつもりは毛頭ない。ただし、できればプロジェクトという言葉を使わないでほしいと思う。あそこに出てくるのは、プロジェクトマネジメントの不在を示す例ばかりだからだ」

 マネジメントシステムのコンサルティングや教育を手がけるプロシードの西野弘社長は、NHKの人気番組「プロジェクトX」について、こんな指摘をする。「あの番組を見て、プロジェクトとはこういうものなんだ、という誤った認識を日本人が持ったら大変なことになる」。

 プロジェクトマネジメントとは、建設やエンジニアリング、新技術や新商品の開発、情報システムの開発といった、プロジェクト型の仕事を成功裏に進めるための知識体系と手法である。品質、スケジュール、コストの管理に加え、プロジェクトチームの編成とコミュニケーション、資材調達など協力会社との連携、リスク管理といった幅広い領域を総合的にマネジメントすることが目的だ。

 西野社長は、「こうしたプロジェクトマネジメントの仕組みは日本企業に根づいていない。だからプロジェクトが毎回、必ずもめるし、しばしば失敗する」と見る。幾多の苦難が訪れ、悪戦苦闘する様子を描くプロジェクトXは、マネジメントの不在がもたらす混乱ぶりを、毎回放映していることになる。

綿密な検討や計画作りを軽視する日本

 プロジェクトマネジメントの最大の特徴は、計画段階で綿密に検討することだ。プロジェクトマネジメントの教科書を見ると、「そのプロジェクトを実行すべきかどうか」を経営陣やプロジェクトの発案者らが徹底的に議論すべし、と書かれている。そのうえで、実施すべきプロジェクトを選定する。実施が決まったプロジェクトについて、その目的、品質やスケジュール、コストの目標値、リスク要因と対策などを洗い出し、詳細なプロジェクト計画を立てる。ともすれば、日本企業はこうした過程をはしょり、いきなりメンバーを集めて設計作業やモノ作りを始めがちだ。

 品質、スケジュール、コストの目標をすべて達成して新製品を開発できたとしても、その製品が市場で売れなかったら、そのプロジェクトは失敗したことになる。同様に、例えば、計画通りの納期と費用で新しい情報システムを動かしたとしても、そのシステムを使った業務改革が進まなかったら、やはりそのプロジェクトは失敗と言わざるを得ない。「プロジェクトの選定」をする工程が重要なゆえんである。

 プロジェクトXの世界において、プロジェクトチームのメンバーたちは様々な苦難を強いられる。思わぬトラブルが起き、予期せぬリスクに直面する。無論、プロジェクトにリスクはつき物である。ただし、開始前にリスクと対策を洗い出しておくのと、全く予想していないリスクが顕在化して慌てふためくのとでは、天と地の開きがある。

 またプロジェクトマネジメントの知識体系では、プロジェクトが終わった時にすべき作業まで規定している。重要なのは、「そのプロジェクトで経験した失敗や学んだ教訓を記録にして残す」ことである。次回以降のプロジェクトで同じような失敗を避けるためだ。

 しかし日本企業において、この作業はほとんど実施されない。プロジェクトを終えた直後は、メンバーたちは疲弊しており、記録どころではないことが多い。何とか記録しようとしても、「誰が悪かった」「彼の責任だ」といった議論になってしまい、冷静な記録がなされない。

「とにかく頑張れ」は「マネジメント不在」と同義

 「日本人の現場力は確かにすごい。だからこれまではマネジメント不在でも、数々の難プロジェクトを見事に乗り切ってきた。しかし企業が遂行すべきプロジェクトは難しくなる一方であり、現場の頑張りも限界に来ている。現場力とマネジメントがかみ合ってこそ、複雑なプロジェクトを乗り切ることができる」(プロシードの西野社長)。

 ところが、プロジェクトXは、ほとんどが「現場が頑張った!」というテーマである。それはそれで感動的であるが、「頑張れ」というのは、マネジメント不在と同義と言えないだろうか。

 最近こんな話を聞いた。ある大手製造業のプロジェクトルームには、「今回の○○プロジェクトを、プロジェクトXに取り上げられるものにしよう!」といった趣旨のことを大書きした紙が張ってあるそうだ。プロジェクトXに登場した「地上の星」たちにあやかろうという姿勢を冷やかすつもりはない。持ち前の現場力に加え、卓越したマネジメントを実施し、堂々たる成功事例として、プロジェクトXに出てほしいと思う。

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)

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 公開当時、記事に出てくるプロシードの西野氏は「表を歩けなくなった」と苦笑しておられた。西野氏の談話を書いている形を採っているが、筆者は西野氏の主張に賛成したからこそ文字にしたのである。

 コラムの題名通り、西野氏や筆者は、プロジェクトXの「題名」に文句を付けたのであって、中身について批判したわけではなかったが、プロジェクトXファンの方々にとっては言い逃れに聞こえるに違いない。筆者がこのコラムを執筆した意図は、「モダンPM(プロジェクトマネジメント)」について多くの方に知っていただくことであったが、かえって反発を買ってしまった。

 そこで反論を寄せた読者の意見に答えるコラムを執筆し、2003年10月14日に日経ビジネスExpress(現・日経ビジネスオンライン)に公開した。