国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)が,12月3日から15日までインドネシアのバリ島で開催された。2012年に京都議定書の期限が切れた後の新たな温暖化ガス削減の枠組みについて合意し,今後の行程表となる「バリロードマップ」を作ることがその目的だ。

 会議が終わってみると,「すべての先進国と発展途上国を巻き込んだ枠組みになった」と,日本政府関係者は結果におおむね満足そうだ。「先進国は,CO2排出量を2020年までに1990年比25~40%削減する」という数値目標を明文化したいEUと,それを嫌うアメリカとが対立し,会期が予定よりも1日延びるほど議論は紛糾した。だが結局,「主要排出国であるアメリカ,中国,インドを今後の交渉の場に参加させること」を優先した結果,先進国の削減数値目標は合意文書から削除された。日本も明文化に反対していただけに,ほぼ思い通りの展開というわけだろう。

 しかし,温暖化防止の実効性という面から見れば,今回の会議はどれほどの意味があったのか。「ポスト京都議定書」の枠組みや目標作りもけっこうだが,温暖化ガスを削減するための実質的,建設的な取り組みの検討にもっと時間を割くべきではなかったか。

 結局のところ,地球温暖化を食い止めるには,中国やインドなどの新興先進国や途上国に対して,先進国の環境技術をできるだけ速やかに移転するしかない。京都議定書には共同実施(Joint Implementation),クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism),排出量取引(Emissions Trading)という「京都メカニズム」が盛り込まれていたが,これらは,まさに国際間の技術移転を円滑に行うための仕組みだ。この10年で各国での導入例や実験的取り組みが増えているが,温暖化防止に効果を上げているかというと疑問符がつく。速やかに問題点を洗い出し,今後の方向性を検討する必要がある。

環境技術立国・日本の責任は重い

 国際的な枠組みを論じたり,実験している間に,地球温暖化は取り返しのつかないところまで行ってしまうのではないか──こう考えているのは筆者だけではないだろう。

 地球温暖化を最終的に食い止めるのは「技術」。仕組みや制度ではない。日本はビジネスベースで,環境技術を海外にもっと積極的に売りに行くべきだ。中国やインドやブラジルなど,ニーズのある国や企業と個別交渉し,CO2削減の「実績」を上げること。それが今後の国際的な枠組み作りにおいても有利になるはずだ。

 すでに動き出したプロジェクトもある。9月末に北京で開かれた「日中省エネルギー・環境総合フォーラム」では,中国での石炭火力発電所の改善事業など10案件の省エネ・環境プロジェクトが決まった。急速な経済発展で深刻な環境汚染に悩む中国に対し,環境技術を移転することで「戦略的互恵関係」を強化しようという狙いがある。

 このフォーラムには,日本から甘利明経済産業相や張富士夫日中経済協会会長(トヨタ自動車会長),中国側からは曾培炎副首相,馬凱国家発展改革委員会主任らが出席,両国にとって重要な産業プロジェクトであることをうかがわせた。合意したプロジェクト内容は,鉄鋼・化学プラントの省エネ・余熱利用(日立製作所),インターネット利用と省エネ技術による大型ビル設備の効率運用(松下電工),省エネ推進・環境改善のための金融スキーム(みずほコーポレート銀行)など。技術分野や業界が多様化していることがわかる。

 世界をリードしている日本の環境技術は少なくない。トヨタ自動車のプリウスをはじめとする低燃費自動車は欧米市場で躍進を続けており,太陽光発電でもシャープや三洋電機などの日本メーカーが世界市場で4割のシェアを獲得。原子力プラントでは東芝など日本の大手3社が世界市場の中核を担っている。家電や住宅建設でも日本の省エネ性能は世界のトップクラスだ。エネルギーを作るところ(発電)から,それを使う製品に至るまで,日本の省エネ技術力は高い。これを世界各国に移転し,市場を通じて実質的な温暖化防止に貢献することは,日本の重大な責務である。来年7月の洞爺湖サミットを「日本の環境技術を世界に発信するショーケースにしたい」という政府の狙いは,掛け値なく遂行されるべきだ。

ITも出遅れるな

 IT業界も遅れをとってはならない。ITに「環境」は関係ないとそっぽを向いていてはダメである。

 例えば,昨年あたりから欧米を中心に表面化してきた「IT機器による電力消費の増大」とそれに伴う「データセンターの電力問題」は,遠からぬ未来,中国やインド,さらに途上国にもやってくる。今年,国内のITベンダーやデータセンター事業者が相次いで省電力プロジェクトを打ち出したが,具体的な施策はこれからだ。言ってみれば,ここ数年で省電力技術で高い評価を獲得し,ブランドを打ち立てた企業だけが,今後数十年を生き残ることができる。それだけ大切な時期に差し掛かっている。

 ITはドメスティックな産業だから,環境技術の輸出など論外などと考えている人はいないだろうか。米IBMがいち早く打ち出した省エネプロジェクト「Project Big Green」にも見られるように,環境技術は“総合力”である。電力でも,鉄鋼でも,自動車でも,要素技術の連携やノウハウの積み重ねによって,日本の企業は環境技術を磨いてきた。日本が得意とする分野なのである。国産のIT企業も,環境でブランド力を高め,海外市場で勢力を盛り返す戦略を明確にすべきだ。

 さらに視野を広げ,IT活用によるCO2削減プロジェクトをCDMにするくらいの気合いがほしい。インドの新興工業都市バンガロールでは,すさまじい交通渋滞と大気汚染が問題になっていると聞く。ならば,日本が基盤技術を持つITS(高度交通システム),TDM(交通需要マネジメント),電気自動車を組み入れた都市再生プロジェクトを提案してはどうか。むろん日本国内で率先してプロジェクトを実施し,正確にCO2削減効果を検証しておくことが必要である。

 現在のCDMは,品質の悪い儲け主義のプロジェクトが増えて審査が厳しくなっている。CO2削減効果を見積もるためのベースライン設定も難しい。従って今後は,実績のあるプロジェクトが審査に有利となっていくと思われる。日本のIT活用プロジェクトの実施例とノウハウを蓄積するとともに,CO2削減量全体におけるITの貢献度の評価方法についても,早急に国際的なコンセンサスを図るべきだろう。

 日経ビジネス特別版(2007年12月10日号)に,2007年のノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のパチャウリ議長のインタビューが掲載されている。同議長は日本から途上国への技術援助に大いに期待していると述べ,「母国のインドに対しては具体的にどんな技術を望んでいるか」と聞かれたとき,「新幹線,住宅,エアコン,冷蔵庫」と答えた。

 新興先進国に数えられるとはいえ,インドではいまだに人口の約半数の5億人が電気のない生活をしているという。彼らにずっと不自由な生活をせよとは,先進国に住む我々に言う権利はない。地球温暖化を食い止め,途上国の生活水準を引き上げるには,もはや「“馬跳び”の省エネ技術を移転するしかない」(パチャウリ議長)のである。それもここ20~30年が勝負。我々の世代に課された使命は大きい。