「弱者や顧客を保護せよ」。こうした意見がすべてに優先し、その結果として、全体の仕組みや制度を歪め、狂わせてしまう。これが「日本の病」である。弱者や顧客を保護するな、というつもりは毛頭無いが、弱者や顧客の保護と全体の仕組みのトレードオフを考えなければならない。以下は2005年8月31日付で、日経ビジネスExpress(現・日経ビジネスオンライン)に掲載された「『顧客の保護』はそんなに大事か」の再掲である。

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 2005年8月、筆者にとってはなかなか理解しがたい出来事が相次いだ。偽造・盗難キャッシュカード被害を救う預金者保護法の成立、東京三菱銀行とUFJ銀行の合併延期、そして郵政民営化法案の参院否決及びそれに伴う総選挙である。3つの出来事の共通点は何かとしばらく考えたところ、「顧客の保護がすべてに優先する」という発想に突き当たった。

日本で一番大事なことは預金者の保護?

 8月3日、偽造・盗難キャッシュカードによる被害を金融機関が原則として補償する預金者保護法が参院本会議で可決され、同法が成立した。施行は2006年2月からである。6月1日付の本欄「大手新聞、社説への疑問・キャッシュカード悪用問題に見る『日本の病』」で一度書いたように、筆者はこの法案を作ることに反対であった。事前に金融関係者の意見を聞いてみたところ、「議員の人たちが熱心なので法案は恐らく成立する。ただし郵政民営化法案がもし否決され、衆院が解散した場合は、今国会で成立しないかもしれない」と見る向きが多かった。

 実際、解散のあおりを受けて、かなりの数の重要法案が成立しなかった。ところが、預金者保護法はすんなり成立した。偽造・盗難キャッシュカードの問題が大きく取りざたされるようになったのは今年に入ってからと言ってよい。わずか8カ月で法案が出来上がったわけで、国会議員の方々がこの問題をいかに重要視していたかが分かる。つまり先の国会において、預金者保護法は、郵政民営化法案と並び、最も大事な法案であったということだ。

金融庁、安全のために手段を選ばず

 預金者保護法が成立した8月3日、東京三菱銀行とUFJ銀行の経営幹部は、10月1日に予定していた合併を実施するか、延期するかについて議論していた。金融庁が情報システムの統合テストが不十分として、両行に合併延期を求めていたからだ。もともとの計画では8月4日に、10月1日に合併及びシステム統合をするかどうかを判定する会議を開くことになっていた。この会議に先だって、金融庁は「8月4日に延期を決めよ」と両行に迫った。

 8月5日付の新聞には、両行が前日4日に合併延期を決めた、という記事が載った。もっとも両行は何も発表せず、8月8日には「10月1日のシステム統合は可能」と金融庁に報告したが、9日付の新聞は「週内にも延期を正式決定」と報道した。結局、8月12日に両行は合併延期を正式に発表した。

 延期が決まった以上、あれこれ言っても仕方がないが、筆者は10月1日に合併しても何ら差し支えがないと考えていた。金融庁と東京三菱銀行に関しても7月27日に本欄で「マスコミが金融庁に与えた『権力』」という題で書いた。さらに8月8日には、IT関係者向けサイトの「ITPro」に「金融庁と三菱UFJの対決が大詰め、本日8月8日に決着か」という記事も書いた。