帯域制御を実施するISPが増える

 料金値上げの回避につなげられる策としては,設備コストの抑制も挙げられる。トラフィックの急増を抑え,設備増強にかかるコストを減らすわけだ。トラフィック抑制策として考えられているのは,膨大なトラフィックを生み出す通信の制限だ。「帯域制御する」「データ転送量の上限を設定する(総量規制)」「特定の通信(アプリケーション)をしゃ断する」など複数の方法がある。前向きな策ではないが,ISPの利益率を高める目的に貢献できる。

 一部のISPは既に,主にP2Pファイル共有ソフトのトラフィック抑制策として帯域制御を実施している。実施内容はISPによってまちまちだ(表1)。2006年にニフティが帯域制御を始める直前のトラフィックでは,主なP2Pファイル共有ソフトによるトラフィックが全体の5割以上を占めていた(図8)。帯域制御はトラフィックを抑え込む上で即効性のある施策といえる。

表1●ISPの帯域制御の実施状況の例
8社のISPに聞いてみた。これだけの数でも,さまざまな内容が見られる。
表1●ISPの帯域制御の実施状況の例

図8●P2Pファイル共有ソフトのトラフィックが半分以上を占めていたケース
図8●P2Pファイル共有ソフトのトラフィックが半分以上を占めていたケース
2006年のニフティの例で,帯域制御を始めた時点で上りのトラフィックが大幅に減った。資料はニフティの提供によるもので,具体的な数値は非公開。
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 ただし帯域制御策は,二つの課題を抱えている。ISPによってはポリシーを明示しないまま実施する可能性がある点と,ユーザーの通信の秘密を侵害する危険性をはらんでいる点である(別掲記事参照)。こうした課題があるため,総務省の中立懇の議論を踏まえて発足した「帯域制御の運用基準に関するガイドライン検討協議会」が,ガイドライン策定を進めている。重視するのは,「通信の秘密を侵害する方法で実施する事業者が出てくる可能性に対処すること」(日本インターネットプロバイダー協会の立石聡明・副会長事務局長代理),あるいは利用の公平性を確保するといった点だ。最低限守るべき事項を2008年春までにガイドラインにする。

 帯域制御を実施していないISPもあるが,「トラフィックが増えればコストはかさむ。我々はそれを経営努力でしのいでいるわけで,未来永劫続くかというときつい」(NTTコムの沼尻貴史サービスクリエーション部担当部長)という。帯域制御ガイドラインの策定が進んでいることから,今後この策を選ぶISPは増えてきそうだ。

 利用できるアプリケーションをもっと極端に限定したサービスを設ける手もあるだろう。例えばNTTドコモの「定額データプラン」は,用途が基本的にWebとメールに限られる。主に無線区間の混雑への対応策だが,「Webとメールで7~8割のニーズは満たせる」(NTTドコモの谷口徹哉プラットフォームサービス担当部長)。ISPがこれと同じ発想のサービス・メニューを作っても違和感はない。こうした内容のサービスは今後増えていく可能性がある。

P2PやCDNもトラフィック削減に

 ISPの立場からすると,トラフィックを抑制する方法としてコンテンツ配信にCDNやP2P型の配信システムを使う方法もある。いずれも,同じデータはオリジナルの配信サーバーまで取りにいかず,他のユーザーやISPに設置したキャッシュから取得してくれば良いという発想に基づく仕組みだ(図9)。

図9●トラフィックを減らしトランジットや設備コストの削減を狙う仕組みの例
図9●トラフィックを減らしトランジットや設備コストの削減を狙う仕組みの例
一部の配信事業者やコンテンツ・プロバイダがP2PやCDNを採用している。
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 ISPの網内に1回コンテンツを運んでくれば,同じコンテンツは網内から配信でき,トランジットの料金を抑制できる可能性がある。キャッシュの配置によっては網全体の増強も最小限に抑えられるかもしれない。

 CDNやP2P型配信システムは,あくまでもコンテンツ提供者が採用するもので,ISPが単独で取り組める策ではない。それでも,CDNやP2Pを採用する動きが広がれば,ユーザーとしては今と同じ料金で同じサービス・メニューを使い続けられる芽が出てくる。NECビッグローブの古関事業部長は,「ピアリングやキャッシュなどの仕組みを使って,コンテンツ・プロバイダなどと協力する方法もある」という。CDNのサービス事業者としてはアカマイが有名だが,最近はIXに大容量のキャッシュを置き,そこに専用線でコンテンツを送り配信する米ライムライト・ネットワークスも日本に進出してきている。P2Pを使う配信システムとしては,TVバンクが「BBブロードキャスト」を利用している。「P2Pネットワーク実験協議会」が発足し,P2Pを活用したコンテンツ配信の効果を実証実験から考えようという動きもある。

 値上げ,料金体系の変更,利用制限,付加価値サービス。ISPにとって,どれも決定打とは言い切れないが,悩んでいる余裕はない。遠からずサービスの多様化は進むはず(図10)。料金体系が多様化し制限事項が打ち出されることは,ユーザーにとって必ずしもマイナスなわけではない。少なくとも,自分の用途に合ったサービスを選びやすくはなる。

図10●ISPによって今後の収益モデルや事業モデルの考え方は異なる
図10●ISPによって今後の収益モデルや事業モデルの考え方は異なる
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