今の厳しい状況を打開するためにISPが考えることはいくつかある。インターネット接続料金の値上げによる増収,他サービスからの増収,設備投資やトランジット料金をはじめとするランニング・コストの抑制などだ(図7)。どの点を重視するかはISPによってまちまち。つまり今後は,内容が異なるいくつかのサービスが登場してくる可能性がある。ポイントは,ISPにとっての利益率とユーザーから見た不公平感についての考え方だ。

図7●トラフィック増にともなうインフラ・コストの上昇を受けてISPが今後着手すると見られる施策
図7●トラフィック増にともなうインフラ・コストの上昇を受けてISPが今後着手すると見られる施策
焦点は「膨らんでゆくインフラのコストを誰が負担するか」ということである。
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多様な料金変更方法がある

 料金値上げについては,実行に踏み切った例がある。ニフティ,NTTコム,ソネットエンタテインメント,ハイホー,NECビッグローブの5社が2007年4月から9月にかけて,相次いで集合住宅向けBフレッツ対応メニューを一部値上げした(NECビッグローブは12月利用分から)。

 集合住宅向けBフレッツは,複数の世帯で1本のファイバを共用するタイプのアクセス回線である。集合住宅内の各戸まではVDSLなどを使って高速な通信を実現するものの,戸建て住宅向けに比べるとファイバを共用する世帯数が多く,実効速度は低くなる設計だった。このためISP各社は,戦略的に安い料金を設定した経緯がある。

 ところが最近は,共用するアクセス回線部分が100Mビット/秒から1Gビット/秒に増速され始め,集合住宅内を結ぶVDSLの高速化も進んでいる。これに伴って,1世帯のユーザーが生み出すトラフィックも次第に増加。「最近はBフレッツの戸建て向けも集合住宅向けも,トラフィックの差がなくなってきている」(NECビッグローブの古関義幸・執行役員パーソナル事業部長)状況にある。

 当然,ISPは集合住宅向けの設備を増強しなければならず,従来の料金では設備増強のためのコストを捻出しづらくなった。そう判断したISPが,集合住宅向けサービスの料金を値上げしたのだ。一部のISPには,集合住宅のユーザーと戸建てのユーザーの間に生じる料金格差(不公平感)を是正したいとする考えもあった。

 一連の値上げは,あくまでも集合住宅向けサービスに関する動きである。それでも,今の勢いでインターネットのトラフィックが増え続ければ,他のサービスでも似たような状況に陥りかねない。そうなれば,各社が再び値上げに動く可能性はある。

 料金の変更方法は一斉値上げだけとは限らない。例えばP2Pファイル共有ソフトの利用などによって膨大なトラフィックを生み出しているヘビーユーザーへの追加課金という手もある。この考え方は,中立懇の最終報告書でも取り上げられている。

 今のところ,新しい料金体系として主流と見られている方法はない。ニフティは「どういう料金体系にすべきかは考えていないが,選択肢はたくさんある。業界内では帯域保証メニューのような話が出ているし,従量課金にしても青天井にするのかどうかという判断が必要になる」(林一司技術理事)という。インターネットイニシアティブ(IIJ)の島上純一取締役ネットワークサービス本部長は,「確固とした計画があるわけではないが,使った者が使った分の料金を払う従量制は考え方としては素直なのではないか。電気や水道と同じだ」と話す。

付加価値サービスに活路求める

 料金や料金体系の変更とは違う道を探る動きもある。理由の一つは,ユーザーから反発がありそうなこと。「使い放題,利用無制限という今の常識を覆すような料金面の変更にはなかなか踏み切れない」(ニフティの木村孝・経営補佐室担当部長)。この結果,別の収入源を確保するか,コストを抑制することで,現行の料金体系,料金水準のままサービスを継続しようという判断につながる。

 典型例が,インターネット接続の新料金を安めに設定し,上位レイヤーのサービスに注力していくことにしたDTIである。ほかにも,「多くのユーザーに使ってもらえる上位レイヤーのサービスを考えなければいけないだろう」(NTTコミュニケーションズの岡田智弘OCNサービス部サービス開発グループ担当課長)とする声は少なくない。

 ISPのサービスではないが,「ニコニコ動画」を提供するニワンゴは,「ニコニコプレミアム」と呼ぶ有料サービスを提供している。サーバー側のネットワークに十分な帯域を持たせ,動画のビットレートを落とすことなく動画を配信するサービスだ。月額525円と有料で,プレミアム会員だけで既に10万3000人いる。アイデア次第で,ISPにもこうした道が開けるチャンスはある。例えば動画配信にしても,ダウンロード型とライブ型の両方を用意し, 「どうしてもライブで見たいというユーザーには,少し高い料金を課するといった方法も考えられる」(ソフトバンクBBの山西シニアプロフェッショナル)。

 ほかに,「広告やアフィリエイトで収入を得られるサービスを展開し,それらを事業の柱にしていきたい」(ニフティの林理事)とするISPや,インテグレーション・サービスに活路を見出そうとするISPもある。IIJなどは,既にインターネット接続サービス以外で収益を確保しつつある。

 ただ,付加価値サービスで収入を確保するのは易しいことではない。ISPはもちろん,その他の競合が多いからだ。最たる例が,米グーグルのように次々と無料サービスを投入してくるネット企業。「ユーザーにとっては,既存のネット上のサービスを使えばいいという話になりかねない。ISPだけが提供できる付加価値はあまりなくなってきている」(大和総研の西村シニアアナリスト)という見方もある。