前世紀末,不動産バブルが崩壊したあとを「失われた十年」と呼ぶのは,よく知られています。「失われた十年」を招いた原因の一つに「法務不況」があった,と指摘されるのも,よく知られるところ。つまり,法学部出身の人たちにとって,不動産に係る法務はお手のもの。ところが,財務や税務を等閑(なおざり)にしたがために,深手を負って十年間苦しんだ,というわけです。

 最近,筆者の身近なところでも,法務,財務,税務という3つの「務」のうちの法務を優先させてしまったために,ちょっとした事件がありました。

離婚・再婚で一段落と思ったら巨額の納税通知

 中堅企業に勤務するA部長(40歳)が,A夫人(40歳)と離婚して,長く愛人関係にあるB子さん(30歳)と再婚しようとしました。当然のことながらA夫人は,A部長に対して慰謝料をはじめとする財産分与を要求。A部長は,自宅の不動産と手持ちの預貯金のほとんどを,A夫人に贈与することにしました。

 こうしてA部長はB子さんとめでたく再婚となったわけですが,新婚気分も抜け切らぬ某日,A部長のもとへ税務署から巨額の納税通知が届き,彼は飛び上がるほど驚いてしまいました。預貯金のほとんどをA夫人に渡してしまったA部長には到底,支払える金額ではありません。

 A部長に思わぬ税務問題が降りかかったのは,A夫人と離婚する前に自宅などの不動産を贈与してしまったためです。これを第1法と呼ぶことにしましょう。もちろん,第2法もあります。これは離婚成立後にA夫人へ不動産を贈与するものです。第2法を採用していれば,税法上の特典を受けることができました(注1)。しかし,離婚後に不動産を贈与する第2法では,A部長による“逃げ得”の恐れがあるため,A夫人は頑として離婚届に判を押してくれません。

 結局,離婚という法律手続をとにかく優先したかったA部長は,第1法に応じました。その結果,巨額の納税義務を背負わされるハメになったのです。

会社法で認められた合併が税法上は非適格になる場合も

 筆者は忘年会の席で,知り合いの弁護士にこの話をしました。

「現実には第3法(折衷案)で解決することが多い,という話を聞いたことがあるけれど?」
「そりゃあ,あるにはあるが,所詮は折衷案。A夫人が同意してくれるかどうかは怪しいものだ。もし,第2法や第3法で離婚がまとまらなければ,弁護士報酬がもらえなくなるからねぇ」
なるほど,解決には第三者(弁護士)の利害も絡むというワケか。そもそも,B子さんとの再婚を最優先課題にしたい,とA部長が強く主張するならば,法務が先行して当然だよなぁ。

 この件について,A部長には借金のツテがあったようなので,財務の問題もなんとかなったようです。

 これは個人の場合だから笑い話で済ますことができます。ところが,会社レベルになると取り扱う金額も大きくなるので,笑い話ではおさまりません。たとえば,2007年5月から,会社法に基づく三角合併が解禁になりましたが,これは一歩間違えるととんでもない紛争を惹起(じゃっき)させる可能性があります。

 三角合併とは,外国企業A1社が日本国内に100%子会社A2社を設立し,そのA2社が日本企業のB社を吸収合併する際,B社の株主に対して,A2社自身の株式ではなく親会社A1社の株式を譲渡する仕組みをいいます。三角合併のメリットは,外国企業A1社にとって吸収合併の資金繰りを心配する必要がないことです。

 しかし,会社法に則って三角合併ができるからといって,それが税法上の適格合併になるかどうかは別問題だということを忘れてはいけません。もし,B社の株主に対して,親会社A1社の株式以外に金銭等を交付した場合は,税法上の非適格合併となります。そうなると,B社の株主には株式譲渡益課税(注2),B社には資産移転に係る譲渡益課税が生じてしまいます(注3)。これはB社とその株主にとって踏んだり蹴ったりの,大変な税務問題です。

 ところが会社法では,吸収合併の対価は親会社A1社の株式に限定されておらず,金銭等を交付することも認められています(注4)。つまり,税法上は非適格合併であっても,会社法では三角合併ができてしまうのです。

 「とにかく一緒になれればいい」ということで税務問題を置き去りにすると,合併した後に納税資金という思わぬ伏兵が飛び出して,巨額の財務リスクを背負うことになります。そうなれば再び「失われた十年」に逆戻りです。

 世の中,くっつき離れる男と女と会社。そんなときは,「まず法務はどうなっているか」に関心が向きがちです。しかし法務で「いきはよいよい」になっても,税務や財務の「かえりはこわい」ことをお忘れなきように。こわいながらも,恋愛やM&Aの流れを押しとどめることはできないようなので「とぉりゃんせ,とぉりゃんせ」と呟きながら,筆者は二次会のカラオケ店に向かったのでした。

(注1)租税特別措置法35条
(注2)法人税法61条の2
(注3)法人税法62条
(注4) 会社法749条1項2号,「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/