トラフィックが増えると,ISPは二つの面でコストをかけなければならなくなる。一つは自らのネットワーク設備の増強にかかるコスト。もう一つは,他のISPとつなぐ帯域を広げるためのコストである。

 ISPのインターネット接続形態は大別して2通りある。上位ISPからルートを買う「トランジット」と,ISP同士が個別に相互接続する「ピアリング」である(図4)。

図4●ISPをつなぐ方法は大きく2種類
図4●ISPをつなぐ方法は大きく2種類

 トランジットは,インターネット上の各ISPとユーザーの間のトラフィックを中継するインターネット接続サービス。一つのISPは上位のISPが提供するトランジット・サービスを利用すると,インターネット上の他のISPに接続したことになる。ただし,トラフィックが増えるほどトランジットのための費用は増えていく。一方のピアリングは,ISPが自らほかのISPへのルートを確保する形態で,多くの場合,相互接続に料金はかからない。

ISPの立場によって苦しさは違う

 実際には,ISPの立場によってトラフィック増加のインパクトの大きさは異なる。設備投資とトラフィックの運搬コストはどのISPでも発生する。ただ,他のISPとの接続形態やトラフィックをはき出すコンテンツ・プロバイダの接続先によって収入源やかかるコストが違ってくる。

 例えば国内のあるコンテンツ・プロバイダが,自社内でサーバーを運用し,あるISPに接続してコンテンツを配信するとしよう。そのトラフィックを扱うISPは,単純化したケースでも複数の立場に分けられる。(1)当該コンテンツ・プロバイダがインターネット接続に使っているISP,(2)コンテンツ・プロバイダが接続しているISPと対等にピアリングしているISP,(3)他のISPからトランジットを購入してインターネットにつながっているISP──である。

 それぞれのコストと収入を考えてみると,コンテンツ・プロバイダが接続しているISPは,エンドユーザー以外にコンテンツ・プロバイダから収入を得る。これに対して,ピアリングしているISPは,コンテンツ・プロバイダから料金を得ることなく,自社のユーザーと下位のISPにコンテンツを配信する(図5)。

図5●ISPの立場と負担するコストは一様ではない
図5●ISPの立場と負担するコストは一様ではない
トランジットを買っているだけのISPはトラフィック増にともなって困窮するケースが多い。
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 一番苦しい立場に立たされるのはトランジットを買うだけでインターネットに接続しているISPである。コンテンツ・プロバイダから料金を得られるわけではなく,それでも自社のユーザーにコンテンツを配信できるだけのインフラを整備しなければならない。

 しかも上位のISPに対しては,トラフィック量に応じたトランジットの料金を支払わなければならない。現状のサービス・モデルのままトラフィックが増え続ければ,収益モデルが成り立たなくなるのは必至だ。設備増強の負担が膨らめば,トランジットの料金がかからないISPも,いつ同じような状況に陥らないとも限らない。

大量トラフィックが流れる経路は変化する

 さらにISPを苦しめる要因がある。大量のトラフィックへの対処が難しくなっていることである。トラフィックの種類や発信元がしばしば変わるからだ。インターネット・トラフィックは量に目が行きがちだが,その発信元や経路もISPのネットワーク運用コストに影響する。

 例えば,ISPのインフラにインパクトを与えるほどトラフィックを出すようになった動画。動画のダウンロードが流行することを予測できても,その出所を予測するのは難しい。総務省のトラフィック測定では,2006年11月以降に海外から流入してくるトラフィックが急増した。これは米グーグルの動画共有サイト「YouTube」の利用者が増えたことによるものと見られている。ところが最近は,ニワンゴの「ニコニコ動画」が話題になるケースが多い。

 さらに今後は,IPTVと同種のサービスや動的にシーンを作りだすようなオンライン・ゲームが出現して,多数のユーザーを獲得し大量のトラフィックを送り出すことも想定される。

 このように「大量のトラフィックを出す事業者は頻繁に変わる」(ソフトバンクBBの山西正人・技術企画部シニアプロフェッショナル)傾向がある。NTTコミュニケーションズの友近剛史IPテクノロジー部担当課長は,「コンテンツ・プロバイダがISPを移ったりトラフィックの向きを変えることがある」という。トラフィックがピアリングの経路から入ってくればいいが,トランジット料金を払っているルートから入るとなると,トランジット料が上昇してしまう。

コンテンツ業者がネットを変える

 もう一つISPの収益に影響を与える可能性を秘めているのがコンテンツ・プロバイダの動向である。特定のISPからインターネット接続サービスを買うのではなく,大手ISPと同様にAS番号を取得し,各ISPにピアリングしようという動きがあるのだ。交渉次第ではあるがISPが受け入れれば,そのISPへはインターネット接続料を払わずに接続できる。しかもユーザーとの間に,いくつものISPを介さずに済むため,応答性能を高めやすい。

 インターネットマルチフィードの外山勝保・取締役技術部長は,「従来IXのメインの顧客はISPだったが,最近はコンテンツ・プロバイダや法人,データ・センター事業者が自らネットワーク事業者としてトラフィックの制御や管理をするようになり,IXを利用してインターネットに接続するケースが目立つ」という。コンテンツ・プロバイダ側からも「プライベート・ピアリングやIXを利用したピアリングを考えていきたい」(TVバンクの與那嶺聰システム運用部長),「大きなISPと,ピアリングやマルチホームを踏まえた話を始めようとしている」(ドワンゴの千野裕司・執行役員研究開発本部長)といった声が聞かれる。

 こうなると,コンテンツ・プロバイダから料金を得られなくなり,設備コストの重みはますます大きくなる。

インフラ・コストがサービス左右

 コストの上昇と収入の下降という要因がこれだけあれば,「コンテンツ提供者や上位ISPとの交渉を含めて,新たな収益モデルを作る必要がある」(ぷららネットワークスの荒木孝広ネットワーク管理部長)と考えるのは自然な流れといえる。新たな収益モデルを考えるうえでは,「インフラを維持・増強するコストをいかにして賄うか」や「インフラに与えるインパクトをいかに少なくするか」がポイントになる。

■変更履歴
ぷららネットワークス ネットワーク管理部長の名前を荒木孝弘氏と記載しましたが,正しくは荒木孝広氏です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2008/01/08 19:40]

 このテーマを議論する場として,総務省は2006年11月から2007年9月まで「ネットワークの中立性に関する懇談会」(中立懇)を開催してきた。ここではインターネットとNGN(次世代ネットワーク)の今後のあり方を議論してきたが,インターネットに関しては「トラフィックが増加することで上昇するであろうISPの設備コストをどうしていくのがよいか」が主たる議題だった。具体的には,コンテンツ・プロバイダに追加課金できるか,ヘビーユーザーに追加課金できるか,帯域制御をするとしてどう実施するべきかといった点についての議論が進められていた。

 当事者のISPも,インターネット接続サービスの料金以外から収入を得るか,トラフィックの増加を抑制するための取り組みに着手している。それでインフラ・コストを手当てできなければ,ユーザーの利用料金を値上げしたり,サービス利用を部分的に制御・制限するといった変化が起こる。

 さらにサービスが立ち行かなくなれば,「サービス・ネットワークをアウトソースしてバーチャルなISPになったり,合併や買収に進む道もある」(日本インターネットエクスチェンジの石田慶樹社長)。“安くて,速くて,無制限”の時代は終わりが近付いているのかもしれない。

ISPサービスに独自色が付き始める

 ISPは,トラフィック増加とそれに伴う設備増強に対応していくために,(1)料金の変え方,(2)どんなサービス・メニューを提供していくか,(3)トラフィックの増加をいかに抑えるか,(4)コンテンツ・プロバイダにどう対処していくかなどを考えている(図6)。出てくる答えは,ISPの立ち位置や事業戦略によって違ってくる。アクセス回線まで提供する事業者なら,「ポータル統合など携帯連携で違いを出していきたい」(KDDIの辻中伸生ブロードバンド・コンシューマサービス企画部au one netグループリーダー担当部長)といった具合。このように,ISPがトラフィック増の時代のサービス像を打ち出し始めると,これまでとは違ってISPのサービスにはっきりとした違いが感じられるようになる。

図6●ISPの今後を左右する課題の数々
図6●ISPの今後を左右する課題の数々
総じていうとトラフィック増に対して,ユーザーが安く,安心して使えるサービスをいかに提供し続けるかということになる。

 次のパートでは,ISPが料金や利用制限,付加価値サービス,コンテンツ・プロバイダへの対応などの観点で,どんな取り組みを進めているかを紹介しながら,今後のインターネット接続サービスの姿を探る。