テレプレゼンスは遠隔地にいる相手と直接会っているかのようなコミュニケーションを可能にする高精細テレビ会議システム。ネットワーク形態と設置形態を確認しながら自社の用途にあった形態を選ぶ必要がある。システムそのものが高価なため,導入前のシステムの確認と効果検証が不可欠となる。

 インターネットや電子メールの普及によって,遠隔地にいる人とのコミュニケーションが格段に進歩した。それでもSF映画のように,遠くにいる人が目の前に現れて会話ができればもっと気持ちを伝えられるのに,と思う場面は少なくない。人間は言葉だけなく相手の表情を見ながら,考えをまとめていくのが基本だからだ。

 NGN(次世代ネットワーク)で期待されているアプリケーションの一つにビジュアル・コミュニケーションがある。NGNの高品質で高速なネットワークが,スムーズな動画を大きな解像度で表示するという,従来のテレビ会議システムで実現が難しかったサービスを可能にする。

 テレプレゼンスとはtele(遠隔)とpresense(存在)が組み合わされた造語である。遠隔地の相手があたかも目の前にいるように見えるため,この名が付いた。テレビ会議システムの分野では,次世代の高精細テレビ会議システムをテレプレゼンスと呼んでいる。

 海外では次世代の高精細テレビ会議システムとして,テレプレゼンスが登場した。ハイビジョン対応機器の普及やデータ圧縮技術の進化,画像/音声データをよりスムーズに送受信できる高速デジタル・ネットワークの普及といった技術進化の中で,遠隔地の人と臨場感あふれるコミュニケーションを可能にする。23年前から全世界の大手企業で採用が始まっている。

 特にテレプレゼンスは最近の企業のグローバル化というトレンドで重要になっている,遠隔地のチームとの共同作業で大きな効果を上げている。

 図1は人間の社会関係(social connection:人間らしい関係)の構築という尺度で,様々なコミュニケーション手段を比較したものである。相手に実際に会って顔を突き合わせて会話する「フェイス・トゥー・フェイス」を基準に,ほかのコミュニケーション手段との違いを見ている。この中でテレプレゼンスは,「フルモーション・ビデオ」に位置付けられる。

図1●人間の社会的関係からみた既存コミュニケーション・ツールの効果
図1●人間の社会的関係からみた既存コミュニケーション・ツールの効果
フェイス・トゥー・フェイスと比較することで,各ツールの人間の社会的関係の違いが見える。
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テレビ会議からテレプレンゼンスへ

 相手の画像を見ながら会議が可能なシステムは,テレビ会議またはビデオ会議と呼ばれる。国内ではテレビのイメージから,テレビ会議という呼び方が一般化しているようだ。海外では,映像と音声の信号組み合わせをビデオ信号と呼ぶことから,ビデオ会議という名称が一般化している。

 テレビ電話は1930年4月に米AT&T(当時)が実験を成功させ,1964年に米国の主要都市で商用サービスを始めた。技術としては画期的だったが,画像圧縮技術が十分ではなく,通常の電話回線でやり取りできる通信速度が遅かった。このため画像/音声がテレビのイメージと程遠く,期待していたほどには普及しなかった。商用サービスが始まった後は,移動をせずに打ち合わせや会議にテレビ電話を応用するための研究が始まった。

 日本では1970年の大阪万国博覧会で当時の日本電信電話公社(現NTT)がテレビ電話の商業実験を実施した。1988年にはNTTがISDNサービスを開始し,ISDNネットワークを利用したテレビ会議システムが登場した。

 1990年代のインターネットの普及によって,汎用のハードとソフトを利用したIPベースのテレビ会議が登場した。効率的な画像/音声圧縮方式が開発されたこともあり,現在では多くの企業が製品を市場に投入している(図2)。

図2●テレビ会議システムの構成
図2●テレビ会議システムの構成
H.320/H.323で制御した映像/音声をネットワークで伝送し利用者側に表示する。
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 現在のテレビ会議システムで利用されている業界標準通信プロトコルにはH.320H.323がある。音声品質は圧縮方式に依存する。一般に普及しているテレビ会議システムの音声品質はアナログ電話かAMラジオ相当である。ただし,最近増えてきた1Mビット/秒を越える帯域を使う高品質タイプのテレビ会議システムは,画像/音声データの圧縮にH.264(MPEG-4)を採用,音声品質はCDレベルになっている。

現実とシステムに横たわるギャップ

 遠隔地にいる人とのコミュニケーションを実現するソリューションとして登場したテレビ会議システムだが,現時点では期待されたほどには普及していない。最大の理由は,遠隔地の人があたかも目の前にいるイメージで話せるという期待と,実際のシステムに大きなギャップがあったからだ。

 一般的に普及しているテレビ会議システムが必要とする帯域は,64kビット/秒程度から最近の高画像対応システムでも2Mビット/秒程度。多地点接続の場合は,送受信で地点数分の帯域が必要となる。このため十分な帯域が確保できない場合は,各地点の速度を落とす,すなわち画像の品質を下げる場合もある。特に音声と唇の動きを合わせるリップシンクを取りながら,画像/音声の遅延を感じさせないように送るには,この程度の帯域ではまだ不十分である。

 テレビ会議を導入したものの,稼働率が高まらない企業も多くある。HPが実施した社内調査や外部の調査などによると,月平均15時間程度の稼働率が実情のようだ。その原因としてテレビ会議システムへの不満が考えられる。

 遠くの人と話したいあるいは会議をしたいと思ったとき,一番の方法は実際に会うことである。それよりも時間を有効に活用するために,まず電話会議による音声会議が実現された。その後に「Netmeeting」が登場し,パソコンを使ってインターネット経由でプレゼンテーション資料を共有できるようになった。さらに顔を見て話ができるテレビ会議(ビデオ会議)が出現した。

 テレビ会議システムは,電話会議よりも進化しているものの,人間らしいコミュニケーションという期待には,まだ十分に対応できていない。2~3年前に登場したテレプレゼンス・システムは,あえてテレビ会議と呼ばれず,テレビ会議が進化した次世代会議システムに位置付けられている。

テレプレゼンスで暗黙知を伝達/共有

 リアルな画像と音声を使い,遠隔地の人と会っているのと同じ空間を実現し,相手と人間らしいコミュニケーションを実現するのがテレプレゼンス・システムである。この特徴は,(1)実際に面と向かっていると錯覚するほどの人物サイズとリアルな映像,(2)話し相手がどこにいるかがわかるほどリアルで自然な音声,(3)遅延を意識させないスムーズな動きと会話のやり取り,(4)自然なアイコンタクト,(5)同じ部屋にいると思えるほど自然な室内環境,(6)相手の会話に集中できる雰囲気,(7)自然な相手との会話を実現する音響環境,(8)長時間,相手を見つめて会話してもストレスを感じさせない環境,(9)簡単に使える操作環境,(10)異なった複数の遠隔地のメンバーとの会話──などがある。表1にテレビ会議システムとテレプレゼンス・システムの機器にかかわる比較を示す。

表1●テレプレゼンスとテレビ会議の違い
テレプレゼンスは利用する機材だけでなく利用する帯域もテレビ会議システムよりもハイスペックとなっている。
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表1●テレプレゼンスとテレビ会議の違い

 テレプレゼンスは,遠隔地の人と人間らしく対話できる場を提供するため,個人の暗黙知の伝達と共有に効果がある。ナレッジ・マネジメントの観点から,知識創造が企業の競争優位を築くといわれている。遠隔地にいるメンバーとの対話の場となるテレプレゼンスは,企業の競争優位を築くうえで重要な役割を担う。

石山 泰律(いしやま・やすのり)
日本ヒューレット・パッカード
イメージング・プリンティング事業統括
Haloビジネス推進部 部長
1981年山形大学工学部大学院修士課程修了(電子工学)。横河ヒューレット・パッカードなどを経て,1997年に日本ヒューレット・パッカードに入社。ネットワーク監視,電子決済,e-コマース関連,インクジェット・プリンタ・メカOEMビジネスなどに従事。2006年から現職。