NGN(次世代ネットワーク)のフィールド・トライアルでは,IP技術によるハイビジョン映像配信の実験が進んでいる。従来の放送やレンタルビデオにない双方向性とオンデマンド性の活用により,視聴者の拡大だけでなく,コンテンツ消費の拡大などを期待している。

 NTTコミュニケーションズは,NGNフィールド・トライアルにおいて,NGNトライアル網のSNIを利用するトライアル・パートナとしてIPTVによるハイビジョン映像配信トライアルサービスを提供している(図1)。

図1●NGNフィールド・トライアルでハイビジョン映像を配信
図1●NGNフィールド・トライアルでハイビジョン映像を配信
NTTコミュニケーションズはNTT東西のNGNトライアル網を使ってハイビジョン映像配信を実験している。
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 IPTVの標準化を進めるITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)では,IPTVを“管理されたIP網上で提供されるTV,画像,音声,データなどのマルチメディア・サービス”と定義している。本記事では,IPTVを家庭の「テレビ」にIPという伝達手段を使って,主に映像コンテンツを放送やVOD(ビデオ・オンデマンド)によって届けるサービスとみなす。

 IPTVサービスに対する視聴者の視点からの価値は,コンテンツから得られる感動や興奮,やすらぎ,知的好奇心の満足などである。その源泉はコンテンツそのものと,そのコンテンツをどのように消費できるかに依存する。つまり,伝達手段がIPであるかどうかは視聴者にとって直接的な関心がないことに留意すべきである。

 IPTVの伝送方式が視聴者の価値に直接影響しないならば,IP放送はCS(通信衛星)放送の再送信といった有料多チャンネル放送に,VODはレンタルビデオに,高い親和性を見出せるだろう。視聴者の価値の源泉となるコンテンツに着目すれば,IPTVと,有料多チャンネルとレンタルビデオには,顕著な差異は見られないからだ。

 国内の有料多チャンネル放送サービスの世帯普及率は20%台で,市場規模は5000億円程度と推定される。レンタルビデオ市場は2500億円程度で,どちらも成長は足踏み状態にある。一方,米国の有料多チャンネル放送の世帯普及率は80%を超え,市場規模もけた違いに大きい。背景には様々な要因があるが,戦略的な産業政策で確立したシンジケーション市場により,優良なコンテンツが円滑に流通している影響が大きいと言われている。

 一方,国内ではインターネット広告市場が急速に拡大し,マス・マーケティングからワントゥワン・マーケティングへの移行が加速している。この動きに伴い,優良な放送向けコンテンツのマルチユース化が促進されれば,米国のように有料多チャンネル放送市場が成長する可能性が大きい。この実現のためには,コンテンツの充実だけでなく,視聴者の視点に立ったコンテンツ消費の仕組みを整える必要がある。

IPTVがコンテンツ消費行動を変える

 現在のテレビの主役は地上波放送のコンテンツである。視聴者は受信料制度に財政基盤を置くNHKと,無料CMモデルを基本とする民間放送局が提供する,バランスのとれたジャンルで適度な量の高品質なコンテンツを享受している。

 図2に示したように,視聴者が効用の高いコンテンツから消費するとすれば,まずNHKと民放の地上波やBSコンテンツの消費が優先され,その後に有料多チャンネル放送などのコンテンツが消費されるといういモデルが想定される。ただし,視聴者には可処分所得と可処分時間の制限が存在するため,累積コストがその制限を超えた時点で消費は打ち止めとなる。これが,有料多チャンネル放送市場やレンタルビデオ市場の成長が頭打ちとなっている一つの要因と考えられる。

図2●現状のコンテンツ消費環境
図2●現状のコンテンツ消費環境
視聴者が効用の高いコンテンツから消費すると,累積視聴コストが可処分所得と可処分時間の制限を超えた時点で消費は打ち止めとなる。
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 IPTVでは,IPならではの付加価値を追求することにより,(1)コンテンツの効用を引き上げ,多チャンネル放送やVODコンテンツの消費順位を繰り上げ,(2)さらに累積コストを削減して,(3)可処分所得と可処分時間の制限下でのコンテンツ消費可能領域を拡大させる,といった効果を実現できる(図3)。

図3●IPTVが目指すコンテンツ消費環境
図3●IPTVが目指すコンテンツ消費環境
IPTVは,IPならではの付加価値を追求することにより消費可能領域を拡大させることを目指している。
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