二つに分類できるテレプレゼンス

 アメリカの心理学者のアルバート・メラビアンは,人間のコミュニケーションに言葉,話し方(声のトーンや口調)ボディ・ランゲージの3要素が重要だと述べた。それぞれが相手の理解に影響を与える割合は,言葉が7%,話し方が38%,ボディ・ランゲージが55%と分析している。つまり人間のコミュニケーションの93%以外は耳以外の情報で左右されていることになる。

 ここでテレプレゼンスは,使用するネットワーク形態と設置形態で,大きく二つに分類できる(図3)。具体的には,ネットワーク形態では専用型と企業内型,設置形態ではスタジオ型と機材型である。

図3●テレプレゼンスのネットワークと設置形態による分類
図3●テレプレゼンスのネットワークと設置形態による分類
ネットワークには専用型と企業内型,設置形態ではスタジオ型と機材型がある。
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 米ヒューレット・パッカードは,専用ネットワーク型でスタジオ型のテレプレゼンス・システム「Haloコラボレーション・システム」(HP Halo)を開発した(図4)。HP Haloは,放送分野などで実績があるMPEG-2といった動画圧縮をはじめとする技術を,HPのシステム・インテグレーションにより組み合わせた。通信接続のほか,システム管理サーバー,データ共有機能,電話機能など,遠隔地にいる人とのコラボレーション機能もHPが開発した。

図4●HPのテレプレゼンス・システム「Halo」の構成
図4●HPのテレプレゼンス・システム「Halo」の構成
世界各地に設置した専用のシステムをDS3で専用のネットワーク「HVEN」につなぎこむ。
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 遅延を意識することなく世界中の拠点で高精細な動画を送受信するには,世界中を結ぶ安定した高速ネットワークが必要となる。HPは専用の高速光ファイバ・デジタル回線で世界を一周させてリング状につないだ基幹ネットワーク(HVEN)を構築。各拠点のHP HaloスタジオからHVENにはDS3で接続する。専用型ネットワークのため,企業は既存のネットワークに影響を及ぼすことなく,安定した45Mビット/秒の通信ができる。

導入前に帯域や視線などを確認

 テレプレゼンスは費用がかかるだけに,導入前には実際にその使い勝手などを体験すべきである。可能であれば,実際に海外拠点と国内拠点を接続してシステムを体験した方がよい。体験時に確認すべき項目を以下に列挙する。

(1)ネットワーク帯域…帯域を安定して確保できないと,画像や音声の乱れの原因となる。多地点接続は,自局の画像/音声データの送信と接続拠点数の画像/音声データの受信のために十分な帯域を安定的に確保できないと画像/音声の乱れの原因となり,コミュニケーションに支障を来しかねない。

(2)アイコンタクト…通信相手と視線が合うと,会議の臨場感が増す。

(3)画像の品質…相手の表情/目の動きなどが自然に見えるかがポイント。

(4)音声…自然に聞こえるか,相手がどの場所から話しているか分かるか。

(5)操作性…容易に操作できるかを,実際に体験する。

(6)将来の技術動向…技術の進化に対応できるかを確認する。

(7)データ共有…相手と共同で作業するために,データを共有可能か。

(8)通話感…通話相手と話していて,違和感を感じないか。疲れないか。

 高価なテレプレゼンス・システムを導入する以上,同じ部屋で会話している体験ができるかを吟味した方がよい。さらに長時間の使用でも疲れない,自然な対面会話ができるものを選択すべきである。

 事前確認が不十分だと,実際に導入してもテレビ会議システムと同じ結果になり,せっかくの投資が無駄になりかねない。費用についての検討も重要である。表2に検討事項をまとめた。

表2●テレプレゼンス導入の際に検討すべき費用と項目
初期費用や通信費用だけでなく,保守運用費用や設置場所の改装費用もあらかじめ試算する必要がある。
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表2●テレプレゼンス導入の際に検討すべき費用と項目

費用面だけで評価できない効果

 テレプレゼンスの導入効果は,削減した出張費用だけで評価するのではなく,コミュニケーションの生産性改善による効果も考える必要がある。社員一人の1日当たりの売上を計算して,出張で業務に従事できない場合の損失を算定する。しかもこの数字は平均値であり,実際にはプロジェクトを担って出張する社員の価値はそれよりも高いとみるのが妥当である。

 テレプレゼンス導入による効果を以下に列挙する。

(1)出張に伴う費用と損失の減少…出張旅費の減少,移動中に仕事ができないことによる損失の減少,時差ボケなど生産性低下で生じる損失の減少

(2)収益の強化…生産性向上,コスト効果

(3)知識の共有…ナレッジ・マネジメントの改善,ビジネス俊敏性の向上

(4)その他…チームの一体感の向上,社員のライフ・クォリティの改善,リレーションの向上,災害・事故のリスクの低減

 さらに質の高いコミュニケーションによって意思決定が早まり,ビジネスを迅速化できる。こうした変化もテレプレゼンス導入効果といえる(図5)。

図5●テレプレゼンス導入効果
図5●テレプレゼンス導入効果
「違和感のない体験」から「生産性の向上」を経て「戦略の選択肢拡大」までを可能にする。
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システム間の相互接続が課題に

 テレプレゼンス・システムの基盤となるネットワークには,海外も含め安定した帯域とQoS(quality of service)の確保,そしてセキュリティの確保が必須である。

 企業活動で世界中とのコラボレーションが必要となる中,どのようにコミュニケーションを実現するかが急務になってきた。テレプレゼンスが様々な会議システムと共存しながら,さらに使いやすいものになるには,世界中で展開されるであろうNGNとの相互接続や,異なったネットワークとの相互接続が今後の課題となる。

 既にあるテレビ会議システムは,これから通信事業者が構築するNGNと接続することで,QoSと帯域確保の課題解消を期待できる。NGN技術の進歩は早く,国際標準化も進むと考えられている。

 さらにテレプレゼンスは,企業内ネットワークを拡張するものと,専用回線を利用するものの2極化が進む。そして,それぞれの企業のシステムを相互接続する需要が高まる。つまりテレプレゼンスには,(1)海外を含めて展開されるNGNとの相互接続,(2)既存ネットワークとの相互接続,(3)専用線ネットワークとの相互接続──という三つの相互接続が課題となる。

 相互接続には,双方のシステムの差異を吸収するゲートウエイの導入が必須になる。専用ネットワーク型のテレプレゼンス・システムと相互接続する場合の例を,図6に示す。

図6●専用ネットワーク型テレプレゼンス・ゲートウエイの例
図6●専用ネットワーク型テレプレゼンス・ゲートウエイの例
専用のネットワークと汎用のネットワークの接続にはゲートウエイが必須となる。
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 コンピュータ分野では,メイン・フレーム,オープン・システム,パソコンが共存している。ネットワークでもNGNと,NGN以外のネットワークが共存して,次の進化につながるだろう。このネットワークで動くテレプレゼンスを含めて,今後の動きに注目したい。

石山 泰律(いしやま・やすのり)
日本ヒューレット・パッカード
イメージング・プリンティング事業統括
Haloビジネス推進部 部長
1981年山形大学工学部大学院修士課程修了(電子工学)。横河ヒューレット・パッカードなどを経て,1997年に日本ヒューレット・パッカードに入社。ネットワーク監視,電子決済,e-コマース関連,インクジェット・プリンタ・メカOEMビジネスなどに従事。2006年から現職。