地方企業には中小企業が多い。そのため多くの地方の経済は元気がない。だが経済の行く末を「都会と地方」「大企業と中小企業」に分けて論じるのは乱暴だ。地方の中にも元気な地域や産業・企業は多々ある。例えば牛乳である。今回は牛乳という典型的な“地場商材”を題材に地方企業の生き残り策を考えたい。

地方乳業のユニークなビジネスモデル

 牛乳は給食を通じて全国に普及した。牛乳は水分が多く運送コストがかさみ、かつ腐りやすい。輸入品の脅威がないため全体消費量は停滞しているものの各地で地場の乳業会社が生き残ってきた。そして多くがユニークな戦略を展開する。

 ひまわり乳業(高知市)は創業85年。年商45億円で関西でも売れている。商品数は120にものぼる。県特産のしょうが入りヨーグルト、酪農家の氏名を印刷したパッケージの牛乳、そしてロシアの国際宇宙ステーションで打ち上げられて無事帰還した乳酸菌を使った「宇宙を旅したヨーグルト」などユニークな商品が多い。

 尾鷲(おわし)牧場(和歌山県串本町)は絞りたてと同レベルの味を追求する。通常のメーカーでは高温瞬間殺菌をするので栄養素(ラクトフェリン)が消える。尾鷲牧場では専用牧場の牛の新鮮な乳を低温殺菌処理するので栄養素が損なわれない。搾乳は雑菌が入らないように牛舎ではなく専用の搾乳室で慎重にやる。牛には競走馬と同じ高価な餌を与える凝りようだ。

 糸島みるくぷらんと(福岡市)は酪農家と組合が出資した会社だ。ここは香港にヨーグルトを輸出する。九州からだと関東向けよりも安く早く運べる。消費期限も17日と牛乳よりも長い。

 チチヤス(広島県廿日市市)は首都圏にもヨーグルトを出荷する著名企業だ。しかし工夫を怠らない。キャラクターの「チー坊」をあしらったヨーグルトパッケージが今年度のグッドデザイン賞を受賞した。ヨーグルトパッケージ初のグッドデザイン賞の受賞である。

ファストからスロー、そしてファーストへ

 以上の事例に共通するのは「本物」へのこだわり、そして小規模性を逆手に取った実験スピリットである。それが地元の安定需要をひきつけ、さらに都市部、ひいては海外の消費者にもアピールする。

 地方の乳業会社はなぜ元気なのか。根っ子には「日本の伝統食ではない」という危機意識がある。欧米の動向を常に意識し、新製品の探索や技術交流を行う。東京を見るよりも世界にアンテナを向ける。また乳製品はフランスのチーズに代表されるように「文化性」「ファッション性」を帯びる。加工や発酵の工夫で今から日本でも新たな味が作れる。そしてマーケティング、ブランド戦略しだいで全国制覇も可能だ。

 さらに近年は食品の手作り志向、安全志向が高まり、小さくても顔の見える生産者が評価される。都会人はスローライフ、スローフード運動ともあいまって地方の小さな名門企業に希少性を見出す。地方乳業の製品は大手製品よりも価格が高い。それにもかかわらず人気があり品薄だ。スローフードがファストフードに勝ちいわばファーストクラスのフードとして評価される可能性が見える。

 他の分野でも日本の焼酎や日本酒、あるいはフランスのチーズなどで地場企業が生き残っている。日本の地方乳業にも同じようなチャンスが開けつつある。水産加工品にも可能性がある。外国人がスシを食べる時代になった。“クール・ジャパン“のブームに沿った輸出産業化も夢ではないはずだ。

 食品産業に従事する人は全国で約15%。北海道では44%にもなる。地方の食品産業は歴史と伝統の上にあぐらをかかず、海外に目を向け、そして乳業のように飛躍のチャンスを見出だして欲しいものだ。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。