音楽の楽しみ方を変えた米アップルのiPodシリーズ。発売以来5年半で累計販売台数が1億台を突破。9月には第3世代のiPod nano(写真)など、新しいラインアップが登場
音楽の楽しみ方を変えた米アップルのiPodシリーズ。発売以来5年半で累計販売台数が1億台を突破。9月には第3世代のiPod nano(写真)など、新しいラインアップが登場

 調査員Bは、通勤電車の中で音楽を楽しむのが日課になっている。愛用するプレーヤーは、2006年に発売された第2世代のiPod nano。「使い勝手が良いし、デザイン性も申し分ない」と手放せない様子だ。

 デジタル物に目の無い国際連合大学の安井至副学長が、黙って聞き逃すはずがない。「最近は街中や電車の中でヘッドホンを付ける人が目立つようになった。身近な機器だけに、一度、議論しておいていいだろう」と、今回のテーマに選んだ。

 ハードディスクやフラッシュメモリーなどを記録媒体とするポータブル音楽プレーヤーが出回り始めて10年近くがたつ。なかでもiPodは、パソコンから音楽を転送するソフトウエア「iTunes」や、インターネット経由で音楽を配信するサービス「iTunes Store」との連携で、インターネットを介して音楽ファイルをダウンロードする新しい音楽の購入スタイルを定着させた点が特徴だ。

音楽ダウンロードの環境負荷

 調査員Bは「著作権問題をクリアした合法的なダウンロード購入に道筋をつけた功績は大きい」とした上で、「CDのようなメディアを必要としない分、ダウンロード購入はCO2排出量を抑制できる買い方ではないか」と、まずはIT(情報技術)による環境負荷低減効果に目をつけた。これは、IT業界も盛んに喧伝している。

 CDで音楽を購入する場合の環境負荷には、ディスクやパッケージ製造時の負荷に加え、物流、店頭販売時の電力消費による負荷までが加わる。一方、ダウンロードで済ませる場合は、音楽データが蓄積されるサーバーの使用と、データ転送による電力消費がCO2の主な排出源になる。

 「定量的なデータがある。これを基に議論を進めよう」と、安井副学長が電気学会誌「IEEE Journal」2007年4号に掲載された論文を発見した。CDを店頭で買う場合のCO2排出量は、1点当たり2kg弱。ダウンロード購入なら、300g弱だという。

 だが、CDを購入するために車で出かけるシナリオになっていることから、調査員の間からは「果たして妥当か」との意見もこぼれる。

 続いて安井副学長は、別の資料も見つけ出した。NTTグループが2002年度版の環境報告書で明らかにしたデータだ。

 CDを1枚買う場合のCO2排出量は274g(東京の場合)、ダウンロードすれば1曲当たり65gとしている。先の論文とはけた違いの値だ。ここでも調査員からは、「CD1枚と楽曲1曲を比較するのは不自然」「CDは8cmシングルCDなのか」「アルバムCD1枚当たりの負荷を曲数で割っているのかも」と、憶測が飛び出す。

 そこに調査員Aが、「産業連関表」を基に、CO2排出量を算出しだした。産業界の生産・販売活動による取引額を基に、環境負荷を導き出す手法だ。「計算の結果、CD1枚は約6.5kg。インターネット利用に伴うCO2排出量は1MB当たり2.5gの原単位を使うのが業界標準。アルバム1枚分が60MBなら150gになる」と新説を持ち出した。

 ただし、調査員Aは「産業連関表を使う限り、音楽CDは小売価格を基に計算せざるを得ない。著作権料も上乗せした価格だから、実際は6.5kgを大きく下回る」と注釈を加える。さらに、「ダウンロードした60MBは圧縮されたデータ。音楽CDのデータ量は10倍近くあり、歌詞カードも付く。同じ条件で両者を比較するのは難題」と頭を抱える。

                 
  安井至・主席調査員   安井至・主席調査員
国連大学副学長。LCAの視点で環境問題の常識・非常識を解き明かし、広く情報発信する
  調査員A   調査員A
様々な製品分野の生産技術に詳しく、LCA評価手法の向上にも熱心に取り組む
 
                 
  調査員B   調査員B
環境配慮のライフスタイルを研究。科学的な情報を見定めて一般市民向けの環境教育に生かす
  調査員C   調査員C
環境アセスメントの研究者。住民への情報開示手法の構築が専門。情報機器にも詳しい
 
                 
構成/建野友保 イラスト/斉藤よしのぶ