最後に高速無線LAN規格「IEEE 802.11n」でも採用された高速化技術「MIMO」を取り上げる。MIMOは,送信データをあらかじめ複数の信号(ストリーム)に分割し,それらを複数のアンテナから同じ周波数帯域で同時転送する方式である(図1)。受信側も複数のアンテナを備える必要があるが,送信側と受信側でアンテナの数を合わせる必要はない。

図1●通信速度を数倍に高める「MIMO」
図1●通信速度を数倍に高める「MIMO」
送信データを複数の信号(ストリーム)に分け,複数のアンテナでそれらの信号列を同時送信する方式。受信側も複数のアンテナで受信する。受信電波はそれぞれのアンテナが送信した電波の合成波であるが,それぞれのアンテナから送られてくる電波の経路別のひずみを演算処理して,元の信号を取り出す。この原理により,二つの信号(2ストリーム)に分けたときは伝送速度が2倍に,三つの信号(3ストリーム)のときは3倍になる。
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 単純な例として,2本の送信アンテナA,Bと2本の受信アンテナa,bの場合を考える。受信アンテナaは送信アンテナAとBが送信した電波が合成されたものを受信する。受信アンテナbも同様に合成された電波を受信する。ただ,受信アンテナaとbが受信する電波は,同一のものではない。マルチパス・フェージングの影響があるためだ。

 同じ送信アンテナAから送られた電波でも,受信アンテナaとbで受け取る電波の波形は異なる。送信アンテナBから送信された電波も同様だ。この物理的な特性を利用し,送受信のアンテナの組み合わせごとに電波のひずみ方を推定しておけば,受信電波から元の信号を分離して復元できる。これがMIMOの原理である。

 同時に送れる最大ストリーム数は,送信アンテナ,受信アンテナの数のうち,少ない方と等しい。例えば,送信アンテナが4本,受信アンテナが2本の場合は,最大で二つのストリームを同時に送れる。

 例えばMIMOを利用しない場合の通信速度が50Mビット/秒とすると,データ・ストリームが二つならば通信速度は100Mビット/秒,データ・ストリームが三つならば150Mビット/秒となり,データ・ストリームの数の分だけ,通信速度が倍増される格好になる。

それぞれの技術は組み合わせが可能

 ここまで見てきた「アンテナ・ダイバーシティ」,「ビーム・フォーミング」,「MIMO」は,同じアンテナで使い分けたり,組み合わせたりできる。例えば,MIMOは通信速度を数倍にするが,雑音や干渉に弱い。そのため,基地局から遠い場合や干渉が多い場合は,アンテナ・ダイバーシティやビーム・フォーミングを適用した方が通信速度を得られる(図2)。実際の通信規格もこうした点を考慮し,「3.9GのUMBは,どのマルチアンテナ技術を選択するかのアルゴリズムも仕様に組み込んでいる」(クアルコム ジャパンの石田和人標準化担当部長)。

図2●三つのマルチアンテナ技術を組み合わせて最大伝送速度を得る
図2●三つのマルチアンテナ技術を組み合わせて最大伝送速度を得る
電波状態が良い場合は,MIMOを利用して伝送速度を高める。電波状態が悪い場合は,アンテナ・ダイバーシティやビーム・フォーミングを利用して伝送品質を高め,かつ伝送可能な距離を延ばす。

 同時に異なる技術を組み合わせる例としては,MIMOを使う場合に,アンテナ・ダイバーシティの効果を得るというものがある。具体的には,4本のアンテナで二つのストリームを流すなどの形になる。さらに現在,「ビーム・フォーミングとMIMOを組み合わせる開発が進んでいる」(アレイコム・インターナショナルの藤原淳シニア・システム・エンジニア)。

 今後のワイヤレス通信は,紹介してきたマルチアンテナ技術が至る所で使われることになりそうだ。