ヌル・ステアリングの対象を同じ基地局と接続する端末に向けると,一つの基地局が複数の端末と同じ周波数帯域で通信する「SDMA」を実現できる(図1)。

図1●ビーム・フォーミングを応用した「SDMA」は基地局当たりの伝送容量を大幅に増やせる
図1●ビーム・フォーミングを応用した「SDMA」は基地局当たりの伝送容量を大幅に増やす
一つの基地局で複数ユーザーが同一時刻に同一周波数を使うことができる。同じ基地局に接続している端末間で帯域を分け合うことがなくなる。その結果,基地局のカバー範囲内における帯域当たりの伝送容量を大幅に増やすことができる。
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 例として,基地局が端末A,B,C,Dの4端末でSDMAで通信する場合を考える。端末A~Dが同時に電波を発信すると,基地局のアンテナでは端末A~Dの電波がすべて合成された形で受信する。ここで,端末Aに向けてビーム・ステアリング,端末B~Dに向けてヌル・ステアリングするパラメータを基地局に設定しておく。このパラメータを使って演算すれば,端末A以外から届いた電波はゼロになり,端末Aからの電波のみを取り出せる。同様に端末B,C,Dのパラメータも設定しておけば,基地局側で端末ごとに電波を分離できる。

 SDMAの効果について,伝送速度が1Mビット/秒の場合を例に説明する。SDMAなしの基地局の場合,電波がセル全体に届くため複数の端末が同時に通信できない。端末ごとに時間や周波数を変えて通信することになる。その結果,複数の端末は基地局の通信速度を分け合う。例えば4端末が同時接続すると,1端末当たりの通信速度は250kビット/秒となる。

 一方,SDMAを利用した場合は,複数の端末が同じ周波数を使って同時に通信できる。そのため,同時接続する端末数がSDMAで分割できる空間の数以下であれば,基地局は同時接続する接続する各端末に規格上の最大速度を割り振ることが可能になる。SDMAの分割数が4の場合は,最大で4台の端末が1Mビット/秒で通信できる。つまり,一つの基地局当たりの伝送容量を4倍に拡大できるわけだ。SDMAは現行のPHSが搭載しており,1基地局で2~4方向にビームを向けられる。

端末に応用して干渉を減らす

 ビーム・フォーミングとSDMAは,主に基地局側のマルチアンテナ技術であるが,ビーム・フォーミングについては端末への実装も検討されている。端末に2本のアンテナを搭載して,干渉源となる基地局の方向にヌル・ステアリングを向ける。これにより,端末が受ける干渉を低減するのである。

 この技術は,携帯電話サービスにおいて,マイクロセル化やフェムトセルの導入時に重要となる。基地局間の距離が狭くなると,複数基地局からの電波が端末に届くようになる。しかし,接続する基地局以外から受ける電波はすべて干渉の原因。干渉が増えれば通信品質が劣化し,その結果,通信速度が低下する。

 このとき端末側にビーム・フォーミングを搭載しておけば,干渉を低減できる。アレイコム・インターナショナルの松本洋一社長は,「ワールドワイドで携帯電話事業者や端末メーカーと話をしている段階」という。