アンテナ・ダイバーシティは,ワイヤレス通信で初めて採用されたマルチアンテナ技術である。複数のアンテナで受信または送信して,受信(送信)状況の良いアンテナの信号を選択したり,信号を合成することで通信品質を改善する(図1)。「空間ダイバーシティ」と呼ぶことも多い。
この技術は,アンテナの位置が少し違うだけで電波の受信状況が大きく変わることを利用している。ワイヤレス通信では,送信側から受信側に直接届く電波だけでなく,地面や建物などに反射しながら遅れて届く電波もある。受信側は,時間差のある複数の電波が合成されたものとして受け取る。電波が合成される際,互いに強め合ったり弱め合ったりする。この現象を「マルチパス・フェージング」と呼ぶ。
送信アンテナと受信アンテナの位置関係によっては,電波が弱め合うパターンになることがある。その場合,雑音の影響を受けて正しい信号を受け取りにくくなり伝送品質が劣化する。しかし,アンテナの位置関係を少し変更すれば,強め合うパターンで受信できる。
こうした物理現象を応用したものが,アンテナ・ダイバーシティである。送信アンテナや受信アンテナを複数用意することで,人為的に複数の送受信パターン(送信アンテナと受信アンテナの組み合わせ)を作り出す。基地局や端末に電波が強め合うパターンを選択するアルゴリズムを組み込めば,マルチパス・フェージングの影響を軽減できるわけだ。有線通信に例えるならば,「通信品質が変化する回線を複数用意して同時伝送し,最も受信品質の良かった回線のデータを採用する」ということになる。
なお,マルチパス・フェージングの影響は,広帯域通信では波形がひずむ形で現れる。このため,最も伝送品質の良い送受信パターンを選ぶ「選択ダイバーシティ」では効果の薄いケースも起こりうる。そのような場面には,受信側が複数のアンテナで受信した信号を“合成”する「合成ダイバーシティ」と呼ぶ技術が適している。この技術は,IEEE 802.11nやワンセグ・チューナーなどが搭載している。
狙った方向に電波を飛ばす,飛ばさない
ビーム・フォーミングは,基地局や端末との間での電波干渉を減らし,より遠くまで電波を届けられるようにする技術である。「アダプティブ・アンテナ・アレー」(AAA)や「アダプティブ・アンテナ・システム」(AAS),「スマート・アンテナ」などと呼ぶ場合もある。
一般に電波は,アンテナから全方向に飛ぶ。ある基地局aの電波が届く範囲(セル)にユーザーA,B,Cの3人がいる場合,ユーザーAが通信していると,ユーザーBとCにもユーザーAとの通信で使う電波が届く。また,基地局aと近接するほかの基地局にもその電波は届く。つまり,基地局aおよび近接する他の基地局のセルのすべてで,ユーザーAが使っている帯域は使えなくなる。無理に使えば,互いに干渉して速度が落ちたり通信できなくなるからだ。
ビーム・フォーミングは近接する基地局が同じ周波数帯域を使えるようにする技術であり,電波の利用効率を大幅に高める効果がある。実現に当たっては,(1)干渉局がある方向に電波が飛ばないようにし,かつその方向からの電波を受信しないようにする(ヌル・ステアリング),(2)基地局の電波を特定の方向に集中して送る(ビーム・ステアリング)という二つの技術を組み合わせる(図2)。ヌル・ステアリングで基地局間および端末-基地局間の干渉が起こらないようにして,ビーム・ステアリングにより,基地局からより遠くにある端末と通信できるようにするのである(写真1)。
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写真1●ビーム・フォーミングを利用した例 PS1は左の基地局に,PS2は右の基地局に接続している。端末に集中して電波を飛ばし,干渉局にヌル・ステアリングしている。シミュレーション結果の写真は米アレイコム提供。 |
ビーム・ステアリングとヌル・ステアリングは,マルチパス・フェージングを利用して電波が強め合う場所,弱め合う場所を人為的に作り出すことで実現する。具体的には,基地局に複数のアンテナを搭載し,アンテナごとに位相と送信電力を変更する。ここで,同じ位相だと強め合い,逆の位相だと打ち消し合う電波の性質を利用する。例えば送信時は,通信端末の位置で強め合い,干渉局の位置で弱め合うようにアンテナから送信する電波を操作する。
逆に電波を受信する場合は,複数のアンテナで受信した電波をアンテナごとに位相と電力を変更してから足し算する。この際,干渉局から来る電波は足し算の結果打ち消し合ってゼロになるよう,アンテナごとに変更する位相と送信電力を調整する。逆に通信端末については,電波を強め合うように位相と電力を調整する。