米IBMは11月12日、カナダのビジネスインテリジェンス(BI)ソフト大手のコグノスを、株価に16%上乗せした49億ドル(5470億円)の現金で買収すると発表した。1カ月前の独SAPによる仏ビジネスオブジェクツの68億ドル(7550億円)での買収合意により、「次の大型M&A(企業の合併・買収)の組み合わせ」と取りざたされていた通りの買収劇となった。

 これで、BI分野の「ビッグ3」といわれた独立系ソフト3社は、すべて巨大プレーヤーに買収され、ビッグ3時代に終わりを告げた。ビッグ3のもう1社は今年4月、米オラクルへ33億ドル(3660億円)の現金で売却された米ハイペリオン・ソリューションズである。

 だが、この「ドミノ現象」には疑問も残る。ビジネスオブジェクツが12億5400万ドル、コグノスが9億7900万ドル、ハイペリオンは7億6250万ドルというように、3社は10億ドル前後の揺るぎない売上高を持ち、顧客ベースも確立しているソフト大手である。しかし創業17年のBIソフトの老舗で「身売りは絶対にしない」と公言していたビジネスオブジェクツが、あっさりとSAPの買収提案を受け入れた。また売り上げ14億ドルの米BEAも82億ドルなら売却すると、67億ドルで買収提案したオラクルに応えている。独立ソフトの起業家が、なぜ一斉に会社売却に走るのか。さらに、最近3年間で33社の M&Aに220億ドル(2兆4400億円)を投じた“ダボハゼ”オラクルと違い、自社のビジネスアプリケーション向けソフトのほころびを補修するため、時々小さな企業を買収しては満足していたSAPが、突然目覚めたように68億ドルもの巨費を投じる。これらの背景は一体何なのであろうか。

 この種の大型M&Aは国内ではほとんど起こりえない。ましてやソフト会社といえば、あまた存在する「受託ソフト開発会社」のことを指す日本市場においては、エンタープライズ向けビジネスパッケージ業界での存亡を賭けたグローバルなM&Aを手元に引きつけて“インサイト(洞察)”する緊張感はない。とはいえ、隔絶された日本ソフト市場ではあるものの、ERP(統合基幹業務システム)やBIソフト・関連ツール、Webソリューションソフトを組み込むSIerや利用するユーザー企業にとっては、単に「代金を支払う相手が変わるだけ」という認識では、本来済むはずもないだろう。

 IBMは昨年、48億ドルで13企業買収した「M&Aの常連」であるため、まずはSAPとビジネスオブジェクツの両社がM&Aに踏み切ったあたりに、ソフト業界の底知れぬ環境変化の予兆がありそうだ。

 SAPジャパンの安田誠シニア・バイスプレジデントは、ソフト業界でM&Aが盛んになった背景をこう話す。「ソフト市場は一時のように急拡大しておらず、10億ドル企業といえども、競合に勝つための継続投資に苦しさを感じるようになっている」。

 ソフトビジネスが緩慢な成長になり、株価も上がらず、投資会社もこの金融ひっ迫の環境下では、大型買収や巨額の開発投資を支える資金提供に苦労している。独立系ソフト会社が機能する土壌が栄養を失ってきた。そのため、戦略的な意味でより多くの企業買収を考える、オラクルやIBM、HP (ヒューレット・パッカード)、マイクロソフト、積極買収に転じたSAPなど、手元資金潤沢なIT大手に門戸を開くしか方法がなくなってきた。より小さなソフト会社には、IPO(新規株式公開)よりも企業売却という選択肢が生まれてきたのだ。米技術調査の451グループの調べによると、07年6月までの半年間で、ソフト関連のM&Aは前年同期の2.6倍の296億ドルに膨らんだ。

 ソフト市場が鈍化しても、ソフト企業はM&Aを通じて収益性を高めることができる。大企業はソフト購入ライセンスのほかに、5年でほぼ同額の保守やサービス費を支払う。買収すれば、それが顧客ベースと共にそっくり付いてくる。SAPやオラクルが20%の割り増し価格に応じたのは、長い目で見れば、買収資金の元が取れるからだろう。金持ちソフト会社だけが肥え太る大型再編の到来だ。