IPでのコンテンツ配信を巡り,数年間前は対立する場面が多かった通信事業者とテレビ局だが,今年に入ってその関係はだいぶ改善されているようだ。「昨年までテレビ局には今にもIPTVフォーラムを飛び出しそうな雰囲気があった。しかし現在ではIPを活用した放送外収入獲得に目を向けている」とある関係者は語る。

 ただしIP再送信に関しては,通信事業者とテレビ局との間で緊張関係が続いている。IP再送信はテレビ局にメリットをもたらさないばかりか,自らのビジネスの弱体化を招きかねないという懸念をテレビ局が持っているからだ。

 こうした中,商用サービスを見据えたIP再送信の可否を判断するルールがこの10月に固まった。テレビ局各社で構成する「地上デジタル放送補完再送信審査会」が,申請のあった役務利用放送事業者のシステムを審査し,その可否を元に各放送局と再送信同意を結ぶという構図が完成したのだ。

 審査会は再送信用システムの技術などを審査するためのガイドラインを公表。この11月から申請を受け付け始める。

実現困難な「2.5秒以内の遅延」

 通信事業者には放送局から再送信同意を得るためのカギとなるガイドラインは,10月の公開までにごたごたがあった。審査会が8月に出した暫定ガイドライン案には「システム全体で2.5秒以内の遅延にとどめる」「映像に対する音声の誤差は±1フレーム以内」など,NTTグループが実験しているシステムでは実現が難しい基準が記されていたのだ(図1)。

図1●IP再送信を巡る攻防
図1●IP再送信を巡る攻防
地上デジタル放送補完再送信審査会が,7月に公開した暫定ガイドライン案の判定基準は厳しく,IP再送信の実現が危ぶまれた。だが10月公開のガイドラインでは事実上基準を緩め,実現に向けた含みを残した。
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 この基準はある関係者が「まるでいやがらせのよう」と語るほど厳しいものだった。審査会の事務局を務める日本民間放送連盟デジタル推進部の渡辺昌己主席は「電波による放送との同一性を保持するためにも基準を守ることが必要。CATVに対しては同じような厳しい基準を求めているので,IPだけ基準を緩めるわけにはいかない」とその真意を説明する。

 この基準を受け,一時はIP再送信の実現は不可能とする声さえ上がった。しかし10月に固まったガイドラインでは基準が緩められた。「今後の技術の発展も期待し,総合的に判断する」と,数値だけで判断しない方針を追記したのだ。

 これは「基準を満たさないと再送信を認められない」という前提をなくす意味を持つ。数値だけの基準を緩めることで,IP再送信の実現に道筋が付いた。あるNTTグループ関係者は「最終的に再送信を同意してもらうまでは分からない」と言葉を選びながらも,安堵(あんど)の表情を見せる。

数百億円の設備投資が重荷に

 テレビ局の条件が緩んだIP再送信だが,別の側面にもっと大きな課題を残している。全国規模でIP再送信をしようとした場合,設備投資が膨大な額に上る点だ。これはテレビ局の免許制度に沿った形で,再送信設備が都道府県ごとに必要になるためだ。

 KDDIのコンテンツ・メディア本部メディア開発部映像サービス企画グループの雨宮直彦課長は「試算したところ全国で展開するには数百億円かかることが判明した。IP再送信の提供の際はこの設備投資がネックになる」と語る。NTTグループは「設備コストについては非公表だが,将来的には機器の価格も下がると見ている。NTTグループとしてIP再送信を提供したい考えには変わりない」(NTTコミュニケーションズ映像配信事業推進プロジェクトの小林智担当課長)と言う。

 設備投資問題はIP再送信を提供する際に必ずのしかかる大きな重しとなる。この負担をできるだけ減らしたいのは通信事業者に共通する思いだろう。KDDIの雨宮課長は「IP再送信はベーシックなサービスであり,サービスの差は出ないだろう。通信事業者3社が再送信設備を共用化できるよう他社に働きかけたい」と語る(図2)。

図2●県域ごとに必要になる再送信設備の投資が重荷に
図2●県域ごとに必要になる再送信設備の投資が重荷に
KDDIの試算によると数百億円に及ぶという。投資を抑えるために,KDDIは通信事業者3社で設備を共用することを呼びかけるとしている。
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 3社が数百億円の設備を共有したとしても,大きな投資に対してビジネスを成立させることが今後の課題になる。IP再送信は補完放送としての位置付けのため,ユーザーから追加で料金を徴収することは難しい。通信事業者はIP再送信でユーザーを拡大した後,IP再送信以外のメニューで,ユーザーに魅力的で通信事業者には収益性のあるサービスを構築する必要がある。