通話もメールも無料で利用できる携帯電話が,英国で登場している。フィンランドのノキアで社長を務めた経歴を持つペッカ・アラ・ピエティラ氏らが立ち上げたMVNO(仮想移動体通信事業者)「Blyk」である。メールで送られてくる広告メールを見てアンケートに答えることで,一定数の音声通話とメールが無料になる。こうしたサービスが登場した背景には,英国で携帯電話を広告媒体として利用する試みが本格化していることがある。

(日経コミュニケーション)

写真1●Blykから配信される企業広告の例。同社のWebサイトから引用。
写真1●Blykから配信される企業広告の例。同社のWebサイトから引用。

 MVNO(仮想移動体通信事業者)の英Blyk(ブリック)は2007年9月24日,英国で広告収入モデルを活用し,通話とテキストメッセージ(メール)の送受信を無料提供するサービスを開始した。この企業は,若者に特化したターゲット広告を事業の中核とし,広告主企業とユーザーをマッチングすることで収益を上げようとしている。

 Blykのユーザーは,SMS(short message service)あるいはMMS(multimedia messaging service)で送られてくる一日当たり最大6通の企業広告を確認し,簡単な質問に回答することによって,毎月43分の音声通話と217通のテキストメッセージを無料で利用できる(写真1)。無料提供分を超えた利用は追加料金が加算される。国内の携帯/固定網宛ての音声通話は1分当たり0.15ポンド(約34.2円),国内の携帯網宛てのテキストメッセージは1通当たり0.1ポンド(約22.8円)である(表1)。


表1●英Blykの料金体系。
比較参考に英ヴァージン・モバイルUKの料金も示した。
科目 ヴァージン・モバイルUK Blyk
無料提供分 -- ●音声通話
43分
●テキストメッセージ
217通
従量課金
(一部例)
●音声通話
 0.15ポンド(1日の最初の5分)
 0.05ポンド/分(自社網内)
 0.35ポンド/分(他網間)
●テキストメッセージ
 0.03ポンド/通(自社網内)
 0.1ポンド/通(他網間)
●音声通話
 0.15ポンド/分(国内)
●テキストメッセージ
 0.1ポンド/通(国内)

 同社の設立メンバーには,元ノキア社長のペッカ・アラ・ピエティラ氏も名を連ねている。ピエティラ氏は,同社の事業の基本理念に「使いやすさ」,「相互交流」,「適切なコミュニケーション」の3つを掲げる。

サービスの利用にはSIMロックフリー端末が別途必要

 Blykは,英携帯電話事業者であるオレンジのネットワークを利用するMVNOで,16~24歳の若者層に限定してサービスを提供している。携帯電話機の販売はしておらず,SIMカードのみの配付となる。そのため,サービスを利用するには,加入者はMMSに対応したSIMロックされていない(SIMロックフリー)携帯電話機が必要となる。

 加入時の契約は特に必要ない。利用者はBlykのWebサイトで音楽やスポーツ,娯楽等の好みに関する40~50問の質問に回答するだけでいい。ただし,複数の質問の中で厳重に年齢チェックが行われている。Blykはこのユーザ・プロファイルを基に,広告を介して,企業と適切なターゲット・ユーザーをマッチングさせる。

 現在までの提携先企業は,アディダス,コカコーラ,ロレアル・パリ,ブーツ,マクドナルド,ビザ,マスターカードなど44社にも上る。なお,この中にタバコや酒を販売する企業の名前はない。

 Blykでは,英国でのサービス提供を皮切りに,順次フランス,イタリア,ドイツおよびスペインにもサービスを拡充していく計画だ。2008年の初めには欧州各国でのサービス展開を狙っている。さらに,若者向けの仕掛けが成功すれば,他の年齢層にもサービスを拡大する予定である。

テキストメッセージまで無料はほかに無い

 実は,米国にはBlykと類似したサービスはすでにある。米ヴァージン・モバイルUSAのサービス「Sugar Mama」は,広告の閲覧やその後のアンケートに回答するごとに1分間の無料通話分数を付与する。1カ月間で最大75分まで無料通話分数を獲得可能だ。

 ただし,ヴァージン・モバイルUSAのサービスは,無料になるのが音声に限られる。ヴァージン・モバイルUSAは,480万の加入者のうち33万人がSugar Mamaを利用していると発表しているが,サービス開始が2006年6月だったことを考えると利用者の伸びはさほど大きくない。これに対してBlykのサービスは,若者に人気の高いテキストメッセージングを無料提供している点に新規性がある。

 なお,米MVNOのゼロ・モバイルは2006年5月,大学生を対象にビデオ広告を利用してBlykと同様のサービスを提供すると発表したが,現時点で事業化には至っていない。2007年9月時点で,英モバイルTV事業者のRokが買収交渉を進めている。買収が成立すれば,英国でBlyk同様のサービスがもう一つ登場することになるだろう。

通話時間が長いと高くつくこともある

 Blykのビジネスの成否を考えると,同社のサービスにはいくつかの課題がある。

 一つは,一日に送られる広告の多さである。1日に最大6通も広告メッセージが送られてくることは,利用者にとって煩わしいものとなるだろう。にもかかわらず,その代償として得られる無料サービスはやや物足りない。特に音声通話の月間43分は,決して十分とはいえない。

 二つめは,無料通話時間が少ないことで,使い方によっては通信料金が従来サービスよりも高額になることだ。例えば,英ヴァージン・モバイルUKの場合,1カ月当たり500通のテキストメッセージと100分の音声通話を含むプラン(12ヵ月契約の場合)が月額25ポンド(約5600円)で利用できる。一方のBlykは,1カ月間で217通のテキストメッセージ,43分の音声通話を超えた分は超過料金を支払う必要がある。その結果,1カ月の支払額は36.85ポンド(約8300円)となる(表2)。

表2●通話,テキストメッセージを多く利用した場合の料金比較
利用量
(音声通話+テキストメッセージ)
ヴァージン・モバイルUK Blyk
200分+200通 月額25ポンドのプランの無料通信分に含まれる(ただし,上2つは12カ月,下2つは18カ月の長期契約が必要) 23.55ポンド(157分の超過)
100分+500通 36.85ポンド(57分+283通の超過)
300分+300通 46.85ポンド(257分+83通の超過)
450分+450通 69.35ポンド(407分+233通の超過)

 三つめは,このサービスのターゲットとなるユーザーは,SIMロックフリー端末を持っていない比率が高いことだ。同社がターゲットにしているのは16~24歳の若者層である。英国では,この世代のユーザーの多くは,SIMロックされた端末によるプリペイド・サービスを使っている。そのため,SIMカードのみの提供ということが普及の阻害要因になる。

 とはいえ,このサービスは登場したばかりで発展途上にある。市場動向に応じてサービス内容を修正してくるだろう。

広告収入による無料ビジネスモデルの広がり

 Blykが登場した背景には,2007年以降,英国でモバイル広告を巡る動きが活発になっていることがある。

 英国の通信・放送の規制機関であるOfcomの調査によると,英国におけるコンシューマ向けモバイル市場の収益成長率は過去3年間で半減している。携帯電話にかかわる企業は成長率の回復が急務だが,そのためには従来通りのユーザー課金モデルに依存したビジネスモデルを見直し,広告ベースのビジネスモデルの可能性も視野に入れる必要が出てきた。

 これは,携帯電話事業がインターネットのビジネスモデルに近づいていることを意味している。インターネットのWeb事業は収入の80%が広告からによるもので,消費者からの支払いによる収入は5%に過ぎないとの報告もある。

 例えば携帯電話事業者では,英ボーダフォンが2006年11月に米ヤフーとモバイル広告の配信で提携。広告の表示を許可した加入者に対し,ボーダフォン・ライブなどの利用料を割り引くサービスを開始している。英3UKは2007年4月から,広告閲覧によって動画コンテンツの利用を無料にするサービスを提供している。現時点では広告モデルのサービスを提供していないO2にも,2社を追従する動きが見られる。

 端末メーカーもこうした動きに対応。端末シェア1位であるフィンランドのノキアは,携帯電話上で広告を展開する携帯電話事業者や広告事業者を対象にしたサービスを発表している。

 Web系のサービス事業者もモバイル広告は虎視眈々と狙っている。例えば米グーグルは,Ofcomが発表した900MHz帯のオークションに参入する計画がある旨を報告している。同社は,米国でも700MHz無線周波数帯オークションへの参加を表明している(関連記事)。

 ちなみに,米国ではBlykのサービス開始と同日,ニューズ・コープ傘下のフォックス・インタラクティブ・メディアは,同社のSNS「マイスペース」のモバイル版「マイスペース・モバイル・ウェブ」を発表した。広告モデルによる無料サービスで,米国内の全事業者の携帯電話から利用できる。従来は,米AT&Tや米T-モバイルUSA,米ヘリオのみからしか利用できなかった。こうしたコミュニティ・サービスを無料化する動きも,早晩,欧州のモバイル広告に影響をもたらすものと考えられる。

武田 まゆみ(たけだ まゆみ) 情報通信総合研究所 研究員
情報系システムの設計・構築業務を経て,1992年より情報通信総合研究所。固定/無線のIPネットワークや携帯ネットワーク上のICTソリューションに関し,広く調査研究を行っている。著書は「情報通信アウトルック2007」(情報通信総合研究所編,共著)など。


  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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