「欧米企業は“ヘソ”を押さえるのがうまい。国際データ標準などは欧米主導で決まる。日本企業がグローバル化するなら,国際標準への取り組みを考え直すべきだ」。「国際標準化会議に出席すると『日本人が少なくなった』と指摘を受ける。積極的に人脈を作らなくては,国際標準に取り残されてしまう」――。

 先日,何人かのIT業界の識者に話を聞く機会があった。ITproで新規に立ち上げたサイト「グローバル・ソーシング」に掲載予定の特集記事を執筆するためである。日本企業のグローバル化に伴う,情報システムの今後について意見を求めたのだが,思いがけず,日本企業の国際標準への意識の低さに対する苦言を聞くことになった。

 製品やサービスを提供する上でも,海外の取引先とシステム連携などを実現する上でも,国際標準に準拠することが,これまで以上に重要になっている。にもかかわらず,その重要性に日本企業がきづいていないのではないか,という懸念である。

 特に,各者の意見が一致したのは,「日本企業は,日本国内マーケットばかりに目が行ってしまう」という点だ。中には,「日本には国際的には使われていない独自技術の製品が多い。『ここに行けば,世界的に珍しいものが見られる』ということでは,ガラパゴス諸島と同じだ」という,手厳しい意見もあった。

“エース”は標準化作業には登板しない

 実は筆者は1年以上も前に,同様の意見を耳にしたことがある。ISO(国際標準化機構)などの会議に日本代表として参加して,国際標準化をすすめるメンバーに取材した時のことだ。仮にA氏としよう。A氏は日立製作所と共同で,経済産業省が主導した格安のICタグ開発プロジェクト「響プロジェクト」の成果を標準規格に盛り込むべく,ISOの会議に持ち込んだ。響プロジェクトのICタグは,通常であれば数十円かかるICチップとアンテナ部の生産コストを,5円程度にすることを目指す,というものであった。

 ただ,それは月産1億個の場合,という条件があった。もし,響プロジェクトの成果がそのまま標準規格として認められれば,価格競争力が高く,しかも国際標準である国産ICタグを,グローバルのマーケットに売り込むことができる。シリコン・ウエハーからチップを切り出して生産するICタグは,大量に作れば作るほど,価格を安く設定することが可能になるからだ。

 しかし,結果的には標準規格にはならなかった。

 大手町のオフィスビルの地下にある居酒屋で食事を共にしながら,A氏に標準化を逃した原因について尋ねた。すると,A氏は「事前の根回しが不足していたかもしれない」と話した。「ISOの会議で提案する前に,出席者に事前に会って意図を説明したり,議題として提案するタイミングを図ったりしておくべきだった」というのだ。いわゆるロビー活動である。

 さらに,「欧米企業は,国際標準化に関する会議に,一線級の人材を派遣する。または,標準化に詳しい外部の専門家を雇い入れ,会議に出席させる。それに対して日本企業は,比較的手が空いている担当者を,様子見として派遣するというケースが多い」と,A氏が嘆いていたのが印象的だった。

独自標準からの脱却が必要

 今回取材した識者からも,「日本人はロビー活動をしない。積極的に人脈を作らないと,表に出ている情報しかつかめず,後手を踏むばかりだ」,「標準化の議論には,技術に関する知識だけでなく,ビジネス感覚,語学力,ディベート力が必要。しかし日本企業にそうした人材はなかなかいない」,「海外進出先の交流の場にずけずけ入っていく勇気が必要だ」といった声が聞こえる。

 今や官公庁の調達基準では,国際標準であることを求めるケースが増えてきている。国際標準から外れると製品やサービスの競争力が下がることにつながる。また,情報システムで企業間連携をする場合でも,データ形式や連携手順が国際標準であることは強みになる。

 このような状況から,政府も対策に乗り出している。内閣官房や経済産業省が,2006年に「国際標準化戦略目標」や「国際標準総合戦略」といった国際標準化支援策を発表している。国際標準化会議などで互角に渡り合える人材を育てたり,標準化を積極的に推し進める日本企業を支援する狙いだ。

 日本企業も,徐々に国際標準化の重要性に気づき始めている。NECや富士通などの大手ITベンダーでは2006年以降,国際標準化推進のための専門部署を設置する動きがある。今後日本企業の多くがさらなるグローバル化を進めるためには,海外企業や各国行政機関との密な連携が不可欠である。日本企業は,国際標準をより一層意識し,「日本だけは独自の標準」という状況から脱却する必要がありそうだ。