プロジェクトの品質,進ちょく,コスト,リスクをトラッキングした結果は,上位のマネジャーやユーザー企業などに報告しなければならない。そのためにはしっかりした「レポーティング」の仕組みを確立する必要がある。

布川 薫/日本IBM

 プロジェクトマネジメントに関する基礎理論の説明も,いよいよ終盤。今回は,プロジェクトにおけるトラッキングとコントロールの対象項目としてコストとリスクについて説明し,最後に品質,進ちょく,コスト,リスクの状況を定期的に報告する「レポーティング」の手順を解説したい。

 いずれも,システム開発を予定通りに完了させるためには,欠かすことのできない重要なプロセスなので,しっかりと理解して欲しい。

コスト・オーバーランを予防

 システム開発プロジェクトは,予定したスケジュール通りに稼働しさえすればいい,というものではない。予定したコスト内でシステム開発が完了して初めて,ビジネスとして成功したと言える。

 予定コストの範囲内でシステムを開発するためには,コストのトラッキングとコントロール,すなわち「コスト管理」が欠かせない。具体的には,プロジェクトのコスト実績とコスト計画値(コスト・ベースライン)を比較することでコスト状況を監視し,コスト計画値からの逸脱である「コスト・オーバーラン」を予防する(図1)。

図1●計画からの大きな逸脱は「コスト・オーバーラン」に直結する
図1●計画からの大きな逸脱は「コスト・オーバーラン」に直結する。
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 システム開発プロジェクトで管理しなければならない基本的なコスト(ベース・コスト)としては,(1)自社の開発要員コスト,(2)外部に委託する開発コスト,(3)ハード/ソフト製品の購入コスト,(4)その他のコスト(プロジェクトで使うオフィス代,コピー代,電話代,交通費,書籍代,消耗品代など)がある(図2)。

図2●プロジェクトにおけるコストの構成要素
図2●プロジェクトにおけるコストの構成要素

 ただし,プロジェクトのコスト計画を立案するときには,これらのベース・コストに「コンティンジェンシ(予備費)」を上乗せしておかなければならない(コスト計画については第4回を参照)。コンティンジェンシは,予期し得ない不確定なリスクに対応するための危険負担費用として,あらかじめリスクから算出しておく。コンティンジェンシについては,次回に詳しく説明する。

 これらのコスト構成要素の中では,自社の開発要員コストと外部に委託する開発コストの割合が最も大きく,総コストの8割以上を占めるケースがある。このため,コスト管理で最も重点的に管理すべきコスト要素は,この2つである。

チェック・ポイントを計画

 コスト管理で重要なのは,コスト状況を調べる「チェック・ポイント」を事前に計画しておくことである。毎月決まった日にコスト状況を調べる「月次」のほか,各フェーズの完了時,外部委託開発やソフト・ハード製品の発注/納品/支払い時などが,チェック・ポイントの代表的な例だ。事前に計画しておくことはできないが,問題の検出・対策時も重要なチェック・ポイントである。チェック・ポイントごとに収集したコスト状況の情報から,月別,チーム別,作業項目別のコスト状況をまとめ,当初のコスト計画との差異を調べる。

 コスト管理の具体的な手法としては,前回で解説したEVM(Earned Value Management)が非常に有効である。EVMを使えば,計画と実績との差異が明確に分かるだけではなく,現時点でのプロジェクトのコスト効率(CPI:Cost Performance Index)やスケジュール効率(SPI:Schedule Performance Index)に基づいて,今後の必要コストの見積もり(ETC:Estimate to Complete)や完成までの総コスト(EAC:Estimate at Completion)も予測できる。

逸脱したらすぐに対策を

 コストが計画を逸脱する主な原因としては,WBS(Work Breakdown Structure)の不備,開発範囲や役割分担,作業内容のあいまいさ,仕様の欠陥/不整合/不確定さ,仕様変更の多さ,そもそもの過小見積もり――などが考えられる。

 コストが計画を逸脱した場合,プロジェクト・マネジャーはこうした観点からコスト分析を行い,その原因を見極めたうえで,是正のための処置が必要かどうかを判断する。特に,計画と実績に大きな乖離(かいり)が出始める兆候を認めた場合は,手遅れにならないうちに有効な対策を打たなければならない。「予定したコストにはまだ十分な余裕があるから大丈夫。契約外作業だが今回に限り引き受ける」と,コストに関していい加減な判断を下すのは論外だ。こうしたいい加減な判断の積み重ねが,最終的に大きなコスト・オーバーランを引き起こしてしまう。

 例えば,開発チーム/外部委託先のコスト見積もりや進ちょくと,当初のコスト計画との間に大きな差異がある場合は,作業方法/手順の無駄の見直し,各作業チーム間のコスト配分の見直し,外部委託先との正当な価格交渉,外部委託先の見積もり価格に含まれるリスク回避手段を明確化してリスク要素を最小にする――などの対策を即座に実行する。なお日本IBMでは,外部委託先との価格交渉は,調達部門を通じて行うのが原則となっている。

 また,要件定義や外部設計といった上流工程で予想以上に品質向上のためのコストが必要なことが判明したときは,まずフェーズ全体のコスト・バランスの見直しを行い,上流工程へのコスト配分を増やすべきだ。

 「上流工程にはあまりコストはかけたくない」,「欠陥はテストで叩ける」,「仕様は未確定だが,このまま見切り発車して後で修正すればよい」――。こうした,上流工程にコストをかけずに下流工程でなんとかするという考え方で,これまで多くのプロジェクトが痛い目に遭っている。上流工程に思いきって品質改善コストを投入することで,テスト工程にかかるコストを大幅に削減する。これが,プロジェクト全体のコストを低減する上で極めて重要である。