本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

日経コンピュータの「馬場史郎のSE奮闘記」において,馬場氏は,「SEから営業になっても,2流の営業にしかなれず,後で悔やむことになる」と指摘されている。本稿は,馬場氏のこうした意見に対する反論である。馬場氏はSE出身者の立場から,後輩にアドバイスされている。そこで筆者は,営業経験者の立場からあえて,「SEから優秀な営業になれる」「積極的にSEから営業を目指そう」と提案したい。

池田 輝久

 私は馬場氏と同じ,日本IBM出身者である。SE,SEマネジャ一筋でこられた馬場氏に対し,私は入社直後はSEだったものの,その後営業に転じた。馬場氏は,公益・流通業ユーザー担当,私は金融担当ということで,日本IBM時代に馬場氏と話したことは一度もなかった。

 馬場氏の『日経コンピュータ』における連載には感服しており,私が主催するビジネス・スキルの研修でも馬場氏の考え方を紹介したりしている。ただし,2001年7月2日号に掲載された,「SEから営業にはなかなかなれない」という論にはひっかかった。というのは,私はSEの経験者の中から営業を育てることを強く推奨しているからである。

 私は日本IBMに入社後,SEになった。政治学科出身でコンピュータのことを何も知らなかった私に対し,最初の上司が,「コンピュータの営業はシステムを分かっていないとできない」と言って,SEになることを強く勧めてくれたからである。3年間のSEの仕事はなかなかつらい日々だったが,今思うととても貴重な体験でもあった。

 システムの何たるかが一通り分かったし,それ以上にありがたかったのはSEの人たちの考え方や気持ちが理解できるようになったことだ。目に見えない非常に難しい,いまだ方法論が確立されていない仕事をこつこつと仕上げるねばり強い力。うまくいって当たり前で,なかなかほめられることが少ない仕事。昼夜が逆転した生活を強いられる毎日。空調で乾燥したマシンルームを今でもはっきりと思い出すことができる。

 ワープロのない当時,鉛筆を持つ指が痛くなりながら提案書を書いていると,そのそばで優秀と言われていた営業が,「池田,何か食べたいか。買ってきてやるぞ」と言うのを聞いて,無性に腹が立ったことを覚えている。「営業というのはいい気なもんだな。SEに提案書を書かせておいて,売れれば営業が表彰されるのだから」とつぶやいたものである。

 しかし,販売戦略のミーティングを開くと,営業が神様のように輝いて見えた。なんとお客様のことをよく知っているのだろう。なんと前向きで,勝つことに執着しているのだろう。なんと地道な活動を積み上げているのだろう。なんと大胆に攻めるのだろう。そして最も大きな驚きは,なんと生き生きと楽しそうなのだろう,ということだった。

 それらを見ていて,私も早く営業になりたいと思ったものだ。しかし,当時SEとして提案していた大きなプロジェクトがお客様に採用されることになり,お客様から,「SEの池田が引き続き担当することがそのプロジェクトを進める条件だ」と言われた。

 一生懸命にお客様のところで頑張ってはいたが,はっきり言ってSEとしては力不足であった私にとって,そのお客様の言葉は大変な感激だった。同時に,営業になろうと決意した時になって,SEとして優秀だと言ってくれるとは世の中は皮肉なものだ,とも思った。

 どうしても営業になりたかった私は,営業にしてくれるようにと営業所長に何度も談判し,お客様にも理解していただき,なんとか営業になれた。その時,営業に替わっていなければ,どうなっていたか分からない。なんせ,そのプロジェクトはそれから3年間続いたし,すぐ次のプロジェクトも待っていたのだから。恐らく,ずっとSEとしてプロジェクトに参加することになり,私の人生はまったく変わっていたと思う。

営業になって分かる厳しさ

 馬場氏への反論といっても,私は馬場氏の営業についての指摘には感服した。というより,大変に驚いた。なぜなら,営業出身の私ではとても言えないほど大胆かつ明確な指摘であり,「全くその通り」と言いたいくらいだった。営業がSEとどう違うかをこれくらい明確に書いた文章は見たことがない。

 私の経験でも,営業をやってみて,「営業とはなんて大変なんだろう」と常に感じていた。会社の代表としてお客様を担当しており,あらゆることに責任を持たなければならない。営業本来の仕事である売り込み・提案・見積もり・契約はもちろんのこと,システムのバグや障害,SEやマネジメントへの不満まで,あらゆることが営業の責任とお客様は考え,クレームをくださる。したがって,営業は全く気の休まる時はない。しかも,仲間のSEにそのつらさを分かってもらうことはなかなかできなかった。

 営業は非常に強いプレッシャの中で日々鍛えられる。お客様の厳しい要求から逃げることは許されず,真っ向から受け止めて,要求や問題を解決するために突っ走らなければならない。もし,逃げれば,絶対に目標を達成できないからだ。

 それによって,営業は必然的にプレッシャとうまく付き合う方法を身に付けることになる。何が起こっても一見,平気そうだったり,気分転換を図ったりしている。また,桁外れの困難を数多く経験するうちに,打たれ強くもなっていく。

 こうして営業は,いい意味での“いい加減さ”を身に付ける。そうでないと,営業の激務を乗り切れない。しかし,その“いい加減さ”こそが,SEから見て,「営業は楽そうだ」,「自分もやれるはずだ」と思える根源でもある。