本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

自社の強みを生かした業務改革や,システム改修・保守の迅速化とコスト削減。どれも重要な課題だが,うまく実現できている企業は少ない。これらの課題を一気に解決する方法として,オブジェクト指向技術に基づくビジネス・モデルやデータ・モデルを利用した業務改革/システム構築がある。現場の実態に即した分析や改革が可能になり,システム改修が容易になる。

手島 歩三

 これまで多くの日本企業は情報技術を自動化と省力化の手段として利用してきた。さらに,SIS(戦略情報システム)やERPパッケージ(統合業務パッケージ)導入などのブームに乗り,コンサルタント会社が提唱する技術を導入した。いまでは情報システムが停止すればビジネスが止まるほど,情報技術は企業に幅広く導入され必要不可欠な存在になった。

肥大化し品質が低下

 しかし経営危機から抜け出せない状況のなかで,多くの日本企業は肥大化し品質が低下した情報システムに絡みつかれている。運用経費のほかにソフトウエアの改修にかかる保守費用が巨額になり,不況下で経営上放置できない大きな負担になっている。また,情報システムの変更・拡張および新規開発にかかる期間も長い。これはビジネス改革の速度を鈍らせ,企業を競争環境から脱落させかねない。

 当初,省力化などの目的を持って構築したシステムの内容が時がたつにつれて業務担当者から忘れ去られ,企画・設計担当者が異動してその意味さえも見失われていることがある。もともと意思決定支援など高度な理論に基づくシステムは,導入初期から業務担当者には理解できないことが多い。

 こうなると,システムの変更・改良要求が頻発するが,それを実施すると本来のシステム構想が崩れる傾向にある。逆に変更の必要性に気付かないことも珍しくない。放置すると情報システムの構造が悪化し企業経営の足かせにさえなってしまう。

 日本ではあまり普及していないが,これらの問題を抜本的に解決する方策として,情報システムの建築様式(アーキテクチャ)とソフトウエアの作り方(ソフトウエア工学)に関する研究が欧州を中心に体系的に積み重ねられている。その中で最も有望視されている「オブジェクト指向技術」は情報システムのパラダイムを抜本的に変え,ビジネス・モデル改革さえも可能にする水準に達している(図1)。

図1●ビジネス・モデルやデータ・モデルを,オブジェクト指向技術を利用して作成するときの利点
図1●ビジネス・モデルやデータ・モデルを,オブジェクト指向技術を利用して作成するときの利点

ビジネスの現場の動きをとらえる

 オブジェクト指向技術の原点であるシミュレーション言語「SIMULA (SIMULA ’67)」は,実世界の動きを「模倣」するために1960年代に開発された。それには,「抽象データ型」と呼ばれるオブジェクト指向技術の基礎になった重要な概念が含まれていた。その後,これを取り扱うプログラミング言語やデータベース管理システム,通信制御技術などが次第に整備され,いまでは本格的な「協調・分散情報システム」構築が可能になった。

 そこで,実世界の「模倣」と「協調・分散」の視点でビジネスの現場をとらえてみることにしよう。

 現場には働く人々がおり,顧客や取引先が存在する。その人々は何らかの「実体(もの)」に働きかけ,その状態を変化させる「活動」を行っている。オブジェクト指向技術はそれらの人や組織,実体,活動などを「情報対象(オブジェクト)」として表現する。このような「モデル化」がオブジェクト指向技術の特色である。

情報システムの基幹部分を描く

 オブジェクト指向技術では,情報対象の状態を「データ」として表現するだけではない。「活動」の事実を表す「トランザクション・データ」に基づいて「もの」の状態を表す「データベース」を更新する「トランザクション処理」もモデルの中に含まれる。また,「もの」の状態を変化させる一連の活動の順序規則も同様にモデルの中に記述する。

 総合するとオブジェクト指向のモデルでは,実世界で行われる人と物の間の「相互作用」あるいは人々が行う「協働」,さらには組織間の「連携」の様子を描く。このモデルに沿ってアプリケーションを構築すると,情報システムの基幹部分が出来上がる。

 企業や行政機関などの組織において情報システムの使命は「人々の意思疎通を支援する」ことである。そのためには,情報システムの基幹部分では,ビジネスの現場の動きを即刻とらえる必要がある。関与する人々がデータベースを参照すれば,ビジネスの現場が今どうなっているのか,正確に認識できるように作られていなければならない。これは省力化の発想とは異なり,「パッケージに業務を合わせる」というERPの発想とも異質である。