本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

オリンパス光学工業の販売子会社,オリンパス販売(現在はオリンパス光学工業に統合)は,基幹系システムの再構築にあたって,業界平均の3倍以上という驚異的な開発生産性でシステムを作り上げた。その秘訣は,「SDI-RAD」というRAD(高速アプリケーション開発)手法を採用したこと。オリンパス販売の事例を基に,開発生産性を引き上げるこつを探る。

 「RAD(高速アプリケーション開発)手法を導入した結果,販売管理システムの全面再構築プロジェクトにおける開発生産性は5460ステップ/人・月だった。おそらく業界平均の3倍以上だと思う。開発メンバーの数が少なかったりいくつかのミスをして本稼働を2回も延期したりしたが,それでも開発期間は3年ですんだ。RADを使わず,従来の方法でやっていたら,完成までに6~7年はかかっていただろう」。プロジェクト・マネジャを務めたオリンパス販売の真田洋一情報システム部開発グループ課長はこう総括する。

512万ステップを3年3カ月で完成

 全面再構築した販売管理システムは2000年1月から本稼働させた。1996年10月から開発を始めたので,開発期間は3年3カ月。開発規模はCOBOLで512万ステップとかなり大きい。社内外を合わせた,プロジェクト開始から稼働までの総開発工数はわずか937人・月。開発生産性を計算すると,およそ5460ステップ/人・月となる。

 COBOLで開発したときの平均的な生産性は500~1500ステップ/人・月と言われているので,オリンパス販売は業界平均の3~10倍の開発生産性を実現したことになる。システム規模が大きいことも考慮すると,驚異的な数字といってよいだろう。

 しかも,真田課長が言うように,このプロジェクトは途中で難航した。原因は,開発要員のスキル不足,無理のある開発スケジュール,設計/プログラミング作業の手戻り,移行プログラムの設計不良などである。このため,新システムの稼働時期を2回延期した。それでも以上のような開発生産性を達成した。

 真田課長は,「ミスがなければ,もう1年早くプロジェクトを終わらせることができたはず」と振り返る。真田課長は余計にかかった工数を,およそ150人・月と見積もる。それを差し引いたときの開発生産性はCOBOLベースで約6500ステップ/人・月に及ぶ計算だ。

 オリンパス販売がこれだけ高い生産性を実現できたのは,「SDI-RAD」というRADの方法論を採用したからである。SDI-RADは,エス・ディ・アイ(SDI)の佐藤正美代表取締役が編み出した方法論。「T字形ER手法」というビジネス分析手法と,その成果物である「T字形ER図」を使ってシステム開発を効率化するものだ。特にシステムの再構築には大きな効果を発揮する方法論とされる。

未経験者を含む9人でスタート

 オリンパス販売はオリンパス光学工業の販売子会社である。新しい販売管理システムは,受注,発注,出荷,計画など13のサブシステムで構成する。新販売管理システムの狙いは,さまざまな業務のスピードアップにあった。

 親会社であるオリンパス光学工業の情報システムとの連携を強化することで,受発注や納期回答,出荷の手配などを迅速化する。オリンパス販売の拠点ごとに設置していたオフコンを廃し,オリンパス販売本社のシステムに統合,情報伝達のスピードアップを狙う,といった具合だ。さらに新システムでは,カメラや顕微鏡など,商品群ごとに分かれていたデータベースを統合するとともに,西暦2000年問題にも対応した。

 新システムを開発するにあたって,オリンパス販売の設計担当者はわずか9人しかいなかった。しかも,そのうち4人はシステム開発をまったく経験したことのないユーザー部門の出身者である。「もともと当社には,基幹系システムを自力で再構築できるだけの体制がなかった。そのため,販売部門と管理部門から2人ずつ,システム設計者として参加してもらった」と真田課長は当時の苦しい状況を語る。

 一方で,「SDI-RADを使えば,業務に精通している人のほうが速く設計できるのではないか,という期待もあった」(真田課長)。少人数で開発するための手法を模索していた真田課長は,SDI-RADのセミナーに出て話を聞き終わった瞬間,「これだ」と確信したという。

 プロジェクト・メンバー全員はこのプロジェクトに入るまで,SDI-RADの基礎となるT字形ER手法のことを知らなかった。そのため,「1996年10月から要件定義が始まる前の3カ月間,SDIのコンサルタントの指導の下にT字形ER手法を勉強してもらった。実際に書いてみないと身に付かないので,現行システムの資料を基に,朝から晩までT字形ER図を書く練習をしてもらった」(真田課長)。