本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

IT(情報技術)業界において,人材の活性化が経営者を悩ませている。解決策は,「ビジネス・スキル」に着目して人材を鍛えることだ。ビジネス・スキルとは,仕事をうまく遂行するためのスキルを指す。具体的には,コミュニケーション,プレゼンテーション,問題解決,交渉,プランニングといった各スキルを包含する。その土台となるのは,自分自身を鼓舞する能力と,想像力を発揮できる能力である。

池田 輝久

 「なぜ,うちの社員は思うように育たないのか」。いろいろな会社の社長や役員などマネジメントの方々と話をしていると,彼らの最大の関心事が,「人材の活性化と戦力化」であることを痛切に感じる。とりわけ,IT(情報技術)業界において,このテーマは深刻な問題となっている。

 どうすれば自社の社員にやる気を起こさせ(活性化),ビジネスに貢献できる人材に成長させられるのか(戦力化)。それには,「ビジネス・スキル」というものに眼を向けてみることだ。そうすれば,この目標を達成できることがはっきりしてきた。

 ビジネス・スキルとは一体何なんだろうか。それは,ビジネスをうまく遂行できるスキルである。ビジネス・スキルがある人材は,自信を持って顧客とビジネスができる。社内外のいろいろな人たちに快く応援してもらえる。自分の言いたいことが相手に効果的に伝えられる。問題が起こったとしても,手際よく解決できる。顧客から話を聞き,ニーズを引き出す。相手を満足させながら,こちらの要求を通す。自分のことを伝えられるスキル,あるいは相手のことがわかるスキル。これらがビジネス・スキルである。

 ビジネス・スキルは,さまざまなスキルを包含したものだ。例えば,コミュニケーションのスキル,プレゼンテーションのスキル,問題解決のスキル,交渉(ネゴシエーション)のスキル,プランニングのスキル,そしてリーダーシップである。

 IT業界の営業あるいは技術者には,専門的なテクニカル・スキルと,それを相手に効果的に伝えるビジネス・スキルの双方が必要である。顧客に接するビジネスマンはスペシャリストではなく,プロフェッショナルでなければならない。

 しかし,IT業界ではテクニカル・スキル偏重に陥りがちである。特に技術者は,知っていることに自己満足してしまう風潮がある。ITを知ることは,ビジネスを始めるスタートラインに立った状態にすぎない。営業は,身に付けたITの価値を顧客に伝え,ビジネスを成約する。技術者は,身に付けたITを駆使してシステムを完成させ,顧客の経営に貢献する。そのために,ビジネス・スキルが必須なのである。

 最も心配されるケースは,ビジネス・スキルを無視し,テクニカル・スキルの習得一辺倒になっていく場合である。こうした技術者は,ITをよく知っているのだが,その価値を顧客に分かりやすく伝えられない。顧客の実システムにおいて,そのITをどう適用したらよいかがわからない。なんともったいないことか。

「できる人」と「できない人」の差

 筆者がビジネス・スキルにこだわっているのは,このスキルを持っているかどうかで,大きな差が出てきてしまうからである。

 学校を出て社会に出てきた若者たちは皆,自分が主人公として大活躍し,周りに認められ,次々により責任の重い仕事を任され,それに伴い出世もし,経済的にも豊かになっていく姿を夢見ている。

 しかし,入社後数年がたつと,彼らの中の一部は思い通りにいかない現実に直面する。現実に立ち向かうことに疲れると,彼等は次第に,仕事をそれなりにこなすやり方を身に付けるようになる。さらに十数年がたつうちに,一握りの頑張り屋と,多くの普通の社員にはっきりと分かれてしまう。

 筆者はビジネス・スキル研修をライフワークとしているが,研修コースの参加者に,「あなたは自分の力をどのくらい発揮していますか。別の言い方をすれば,皆さんが力を発揮するのを邪魔している阻害要因を取り除いたら,あなたは今の何倍の力が発揮できますか」と問いかけることにしている。

 過去の経験から言うと,「自分の力の50%しか発揮できていない」,「阻害要因がなくなれば2倍の力が出る」というのが平均的な回答である。つまり,社員1000人の会社は500人力ということだ。半分の力しか出さなくても,立派な業績を上げている会社もあろうが,そんな会社が永続的に成長するとは考えにくい。

 なぜこんなことになってしまうのか。「やる気のある人」と「やる気のない人」は一体何が違うのだろうか。「できる人」と「できない人」はどこに差があるのか。「売れる営業」と「売れない営業」にはっきり分かれてしまうのはなぜか。その答えは,ビジネス・スキルの有無である。

 欧米,特に米国の学校や企業においては,ビジネス・スキルを当然のように教えている。ビジネスパーソンも,外部のビジネス・スキル研修コースを自費で受け,自分の価値を高めている。

 ところが,日本においては,学校は論外,企業においても,継続的に意識してビジネス・スキルを教育しているところは少ない。このため,もともとビジネス・スキルを持っている人だけが伸び,持っていない人はその人の本来のパワーを発揮できないままになってしまう。

ビジネス・スキルの土台となる能力

 ビジネス・スキルは,知識として習得してもそれだけで成長に結びつくものではない。実戦で積極的に活用し,数多くの成功や失敗を経験し,学習してこそ自分の実力となっていく。すなわち,行動力を持ち合わせていなければ,身に付けられないスキルである。

 筆者は次の二つの能力が,ビジネス・スキルの土台と考えている。言い換えれば,これら二つの能力の有無が,「できる人」と「できない人」の本質的な差である。

 第一は,自分自身をモチベーションする(動機付けする)能力である。プロフェッショナルとアマチュアの最大の違いは,自分をどれだけ鼓舞できるかどうかだと思う。米大リーグで活躍しているイチロー選手を見てほしい。あれほどのチャレンジは人に指示されてできるものではない。彼自身が自分自身に,「挑戦しろ」,「負けるな」,「おまえならできる」と呼びかけ,自らを鼓舞している結果である。

 ビジネスの世界でも,大きな目標に挑戦する,困難な状況に果敢に挑む,言いにくいことを勇気をふるって言う,といった局面がしばしばある。ここで,自分自身を叱咤激励できなければ,ついつい安易な選択に流されてしまうものだ。

 筆者は若い人たちに,「どうしようかと悩んだら,行動するほうを選びなさい」とアドバイスしている。行動すれば,必ず成功もしくは失敗というはっきりした結果が出る。たとえ失敗しても,結果が分かれば,次に打つ手が見えてくる。行動しない人には次の手はない。

想像力を発揮する能力を育てよ

 もう一つの土台となる能力は,想像力である。ビジネスは目に見えないもの(こと)を見ることだといっても過言ではない。経営もそうだ。人間関係もそうだ。特に,今後のことを予見しなければならない。映画のように,情景や登場人物の心情さえも具体的に見えれば,何とすばらしいことだろう。ビジネス遂行やプロジェクトマネジメントをあたかも映画の脚本家や監督になったかのように行えたらどうだろう。

 そのために,想像力が必要となる。ありきたりに上司や顧客に指示されたことをやっているだけでは想像力は強くならない。想像力を高めるには,日々の訓練が必要だ。あらゆることに興味を持ち,想像してみる。ある著名な俳優は電車に乗っているときに,前に座っている人を見て,「この人はどういう人なのだろう」と必ず想像するようにしているという。

 電車内に限らず,想像力を発揮すべき対象は限りなくある。「どういう考えなのだろう」,「このビジネスはこれからどうなるのだろう」,「どうすれば勝てるのだろう」,「このプロジェクトでは今後どんなことが起こるのだろう」。自分で心がければ,会社は想像力を鍛錬してくれる場だといえよう。

 このチャンスを生かせるかどうかは,自分の決心にかかっている。日々想像力を働かせている人のビジネス成果が,そうでない人よりも際立っているのは当然のことだ。経営者や一流の営業,技術者の想像力には本当に驚かされる。その能力は生まれつきのものではない。彼らは日々,その能力を高める努力をしてきた。