「われわれの主張は,極めて合理的である。八回線分でまとめて貸し出すルールを改めて,一回線分で接続するようにしてもらいたい,というものである」。ソフトバンクの孫正義社長は,中央公論の2007年12月号に「巨大独占NTTとの『最終戦争』――光回線開放が日本を救う」と題した論文を掲載し,光ファイバの1分岐貸しを認めるよう強く主張した。

 NTT東西地域会社の加入者系光ファイバは,「PON」(passive optical network)と呼ばれる仕組みを使い,1本の光ファイバをユーザー宅の最寄りで8本に分岐する「シェアドアクセス方式」を主に採用している。孫社長の言う8回線分とは,この8分岐を指す。しかしソフトバンクやKDDIなどの通信事業者が8分岐をまとめて借りても実際は1分岐しか使わないことも多く,接続料が割高になるケースも少なくない。このためソフトバンクやKDDIなどは,1分岐単位での貸し出しを実現し,FTTH(fiber to the home)サービスの提供リスクを下げようとしているのだ。

 この問題は,比較的昔から議論されてきたものである。FTTHサービスのNTT東西シェアが高まる中,ソフトバンクなどは競争促進のために1分岐単位の貸し出し実現を何度も主張してきた。しかしNTT東西は,(1)現在の設備が複数事業者で共用することを想定していない,(2)8分岐に複数事業者が混在すると品質が確保しにくくなり,独自サービスの追加も困難になる――ことなどを理由に,これに強固に反対。総務省も,NTT東西が将来,1分岐貸しを実現する機能を追加する可能性があることなどを考慮し,議論を先送りしてきた。

 それが,2008年3月にNTTのNGN(次世代ネットワーク)が商用化される段階にきて,この論争に再び火がついた。総務省の情報通信審議会電気通信事業部会の接続委員会が,NTT東西が提供するNGNに関しての接続ルールの在り方の検討を開始したからである(関連記事)。11月16日に開かれた大手通信事業者のトップに対する合同公開ヒアリングでも,ソフトバンクとNTT東西は激しく対立。議論は依然として平行線をたどっている(関連記事)。

 孫社長が11月10日発売の中央公論12月号に冒頭の論文を掲載したのは,まさにこの議論再開の直前。孫社長の広く国民に訴えかけたいという思いが読み取れる。孫社長はこれまでも,携帯電話の周波数割り当てに関して大手新聞に意見広告を打つなど,世論に訴える手法を採ってきた。今回も,同様の戦略に打って出たものと思われる。

8分岐=8回線の言い換えは少々強引

 中央公論の論文における「ブロードバンド革命の幕を実質的に開いたADSLは,なにによって実現したのか。NTTの固定電話回線が一本ずつ,バラになって完全開放されたからである」という孫社長の主張は,正しいと言えるだろう。孫社長の強硬な言動や行動に眉をひそめる人は多いものの,孫社長の行動力がADSLの提供価格を劇的に下げ,日本をブロードバンド大国の一員に押し上げたことは事実である。

 とはいえ,孫社長の「FTTHサービスにおいてもADSLサービスと同じルールにしてもらいたいということである」(中央公論12月号)という主張は,少々強引だ。ADSLで使う加入電話回線で1本ずつの貸し出しが実現したのは,電話回線がそもそも1本単位で管理されていたからである。そういった意味では,光ファイバも既に“1本単位”の貸し出しは実現している。孫社長の言う8回線とは,光ファイバ1本を8分岐したものにすぎない。

 NTT東西は,1本単位で投資をして光ファイバを敷設し,その投資コストの回収リスクは自らで負っている。コスト回収に見合わない安価な接続料でその1分岐だけを貸し出すということに,NTTが強く反対することも無理からぬ話だ。ただし一方で,ソフトバンクやKDDIなどが主張する,1分岐単位のバラ貸しの方が割安なFTTHサービスを提供できるし,設備効率を上げられるのでNTT東西にもメリットがある,も理解できる。料金低廉化はユーザーにとってのメリットも大きい。

 8分岐に複数事業者が混在すると品質が確保しにくくなるというNTT東西の主張に対しては,ソフトバンクテレコムをはじめとした通信事業者7社が実証実験を実施し,複数事業者がPONを使って光ファイバを共用しても品質のコントロールは可能であることを検証してみせた(関連記事)。ただこの実験にはNTT東西は参加しておらず,NTT東西としてこの実験結果が正しいか否かは明らかにしていない。

 光ファイバは,これからの家庭生活においても欠かせないインフラとなるだろう。地域間のデジタルデバイド解消を含めて,通信事業者各社は真のユーザー・メリットは何かという点を考えるべきときにきている。新たに始まった議論の場でも,これまでの主張を繰り返して水かけ論に陥るのではなく,光ファイバを高い信頼性をもって安価に提供するための,よりよい道はないのかを探るような議論を期待したい。そして,できることならNTT東西も実証実験に参加し,実際のところはどうなのかを白日の下にさらしてから議論をしてもらいたいものである。