日本語が分かる1万人のソフト開発技術者がベトナムから日本に押し寄せる――。5年後、これが現実になるかもしれない。2007年1月、日本語とITを教える4年制大学がベトナムに誕生した。技術者不足に悩む国内ITベンダーが早くも熱い視線を送っている。


 2007年1月13日の土曜日。野村総合研究所(NRI)、TIS、日立ソフトウェアエンジニアリング、新日鉄ソリューションズ、住商情報システムなど、国内大手 ITベンダーの役員10人近くが、ベトナムの首都ハノイに顔をそろえた。日本市場に向けたエリート技術者を育成する「FPT大学」の創立記念式典に出席するためだ。

 FPT大学は、ベトナム最大手のシステム・インテグレータ、FPTソフトウェアの親会社FPTコーポレーションがハノイに設立した。同大学理事長に就いたFPTコーポレーションのチュオン・ザー・ビン社長兼CEO(最高経営責任者)は、「ベトナムでは日本語ができるソフト技術者が圧倒的に不足している。加えて、大学のソフト工学系学部が施している教育内容と実ビジネスで必要なITスキルに差がある。これらの問題を一挙に解決したい」と意気込む。生徒数は 2~3年後に、4学年合計で1万人になる計画だ。

 日本向けの即戦力人材を育成するため、FPT大学では日本でのシステム開発経験がある技術者を日系企業から講師として招へい。日本のシステム開発手法を教え込む。教育カリキュラムも、経済産業省のITスキル標準(ITSS)を参考に策定。FPTや日本のITベンダーで実際のシステム開発プロジェクトを体験する実習の場も設ける。日本語に関しては、各種講義を日本語で進めるなど“日本語漬け”の環境にする。

 ベトナムのIT産業の歴史は浅く、ソフト開発力で比べればインドの、日本語や日本の業務の理解度では中国の後ろを走る。にもかかわらず、国内ベンダーがFPT大学に注目するのはなぜか。

 式典に出たTISの岡本晋社長はその理由の一つを、「ベトナム人は勤勉でチームワークを重視する。会社への帰属意識も高いため」と説明する。業務やシステム開発のノウハウが企業に蓄積しやすく、長期的な関係を築きやすいわけだ。プログラマの人月単価が15万~25万円と中国やインドより安価なことや、1月にベトナムがWTO(世界貿易機関)に加盟したことも追い風だ。

写真●ベトナム・ハノイで1月13日に開催されたFPT大学の創立記念式典の様子
写真●ベトナム・ハノイで2007年1月13日に開催されたFPT大学の創立記念式典の様子
左上は、前列右からFPTコーポレーションのチュオン・ザー・ビン社長兼CEO、日立ソフトウェアエンジニアリングの小野功社長、FPT大学のレー・チュオン・トゥン学長、TISの岡本晋社長。右下は大学外観
 FPT大学については、企業が大学を設立することが珍しいのもあり、当初は「優秀な学生が応募してくるのか」と懸念されていた。設立認可を得るのに時間がかかり試験日程が他大学からずれたりもした。だが、いざ募集を始めると、全国から1871人の入学希望者が殺到。最難関校であるハノイ工科大学を蹴ってまで受験する生徒もいた。最終的に、初年度は299人が入学した。

 ベトナムでは、ソフト技術者は3本の指に入る人気職種。優秀な人材が集まりやすい。基礎力がある学生に4年間みっちり日本語とソフト開発の実践力を教え込めば、日本での人材不足を補えるのではないか。国内ベンダー幹部らには、そんな皮算用がある。