最近,「ユニファイド・コミュニケーション」について地に足のついた取り組みが進んでいる。ユニファイド・コミュニケーションとはメール,チャット,電話,動画による会議など,複数の意思伝達手段を融合した使い方のこと。数年前までは「ベンダーの売り文句」というイメージが強かったが,ユーザー企業におけるIT投資の活発化や新製品の登場を背景に,導入に向けた取り組みが徐々に加速している。このテーマの取材を進めていく中で,ちょっと心に残った話題を紹介しよう。

プレゼンス機能は日本人向け?

 昼休みを前に顧客への提案書類が出来上がった。だが,一つ懸念される個所がある。チャット・ソフトで,いま中国に出張している先輩のプレゼンス情報(相手がどこにいるか,忙しいかどうかといった状態の情報)を確認する。示されている色は「グリーン」。オンライン状態だ。とにかく忙しくて相手できない,という状態でもないようだ。

 チャットで,中国の先輩にお伺いを立てる。「いま,ちょっといいですか」。「いいよ」と返事が返ってきた。早速IP電話をかけ,懸念の案件について相談する。Web会議システムを立ち上げ,ファイル共有機能を使ってコメントを入れてもらった。ランチを食べたあと,先輩のコメントを踏まえた資料を作ることにしよう――。

 これは架空のストーリーだが,いま市場に出ている製品を使えば,すぐにでも実現可能だ。1~2年後には,こんな流れがごくごく普通になるかもしれない。いやすでに「ウチの会社ではそんなのは日常で,取り立てて騒ぐほどのことでもない」という人も,少なからずいることだろう。実際,このストーリーは取材で実際目にしたシチュエーションに基づいている。

 メール,携帯電話,チャット,プレゼンス機能,Web会議システム。さまざまなコミュニケーション手段が浸透してきているからか,社内コミュニケーションのあり方が少しずつ変わってきているようだ。

 どのコミュニケーション手段についても,「あれば使うかもしれない」「あったらありがたい」「ぜひ使いたい」と比較的ポジティブな意見が多い。だが記者が見聞きする中で意見が分かれるのは,プレゼンス機能に対するユーザーの「許容度」である。ITベンダーのうたい文句では「相手の状態が分かるため適切な通信手段を判断できるようになる」などと言われている。だが「自分がどのような状態にいるのかをネット上にさらすのは嫌だ」という人は,記者の周りには多い。記者も例外ではない。

 その一方で,「プレゼンス機能は円滑なコミュニケーションを促すので,自分のプレゼンス情報が知られてもかまわない」という人も少なからずいる。いやむしろ「日本人に合っている」とまで言う人もいる。

 「相手のプレゼンス情報を確認して,まずはチャットでお伺いを立てる,というスタイルは,日本人の奥ゆかしさに合っていると思う。電話という行為は,かける方も気を遣うし,かけられる方も唐突に思う。ゆるやかなコミュニケーションを促すプレゼンス機能は,馴れるととてもいい」。プレゼンス機能“支持派”の一人である取材先はこう言う。

 自分や周囲の人々の行動を振り返ってみると,そういえば,と思う。他人の携帯電話の番号やメール・アドレスを知ったからと言って,そうそう気軽にかけられるわけではない。その人に用事があるときでも,相手の「プレゼンス」がどうなっているかを推し量って,電話ではなくまずはメールから,というケースは少なくない。これと似ているかもしれない。

 さて,日本人に合っているかどうか,である。確かに言われてみれば日本人的なのかもしれないと思うが,海外の人と比較したわけではないのでよく分からない。

ビジュアルが変えるコミュニケーションの質

 言葉というツールは,世の事象の一部分を切り取るものでしかない。とても使いこなすのが難しいが,生きていくためには使わざるを得ず,とにかくもどかしい。言葉を使った仕事をしておきながらこんな悩みを打ち明けるのも何だが,最近とみにそう思う。

 私と同じ悩みを持つ人は多いようだ。メールでやりとりしているうちに誤解が重なり,電話でひたすら補足する。最初から全員集めて会議をした方がずっと早く済んだのに――。このような嘆きの声はあちこちで聞く。ところで,あるユーザー企業の営業部長は「メールや電話で招いたコミュニケーション不全状態をビデオ会議システムで緩和できる」と主張している。

 この営業部長によると,「ビデオ会議システムを導入したら,明らかにコミュニケーションのやり方が変わってきた」。離れた拠点にいる相手でも,メールや携帯電話で「ちょっとあの件について打ち合わせしないか」と連絡を付け次第,すぐにビデオ会議システムがある部屋に移動。ビデオ会議で本題について話を始めるという。

 「以前はメールや電話で何度もやりとりしながら意思疎通をしていたが,途中で発生した誤解を解いたり,行き違いを取り戻したりとロスが多かった。ビデオ会議システムで顔を見ながら話せば意思疎通が楽に済むことが体感的に分かってくると,もう以前のやり方には戻れない」。そしてこう付け加えた。「そういえば,メールの数や電話の回数が減った。メールの質も変わってきた。以前はメールに向いていない意見交換や調整,議論にも使ってしまっていたが,いまは連絡や打ち合わせ内容の確認といった,メールに本来向いている用途に絞られつつある」と。

 10年ほど前のIT関連雑誌を複数ひもとくと,「電子メールで変わる社内コミュニケーション」といった特集記事がいくつか見受けられる。「非同期通信手段である電子メールは,時間や距離にとらわれないコミュニケーションを可能にする。また,互いの伝達内容が記録として残るので業務の確実性が高まる」。こんな主旨のことが書かれている。今読むと隔世の感,といったところだが,社内コミュニケーションはまた違ったステージに入ろうとしているのだ,という思いを新たにする。

 もちろん,電話やメールがまるっきり消えることは考えにくい。社内の掲示板やブログも一定のポジションを確保していくだろう。だがビデオ会議システムやWeb会議システムといった“対面”の意思伝達手段が加わることで,それら既存の情報伝達手段の質が変わってくることは間違いない。

便利だからこそクオリティを落とす

 一方,ビデオ会議システムを導入したことで,効果と共に“副作用”を味わっているユーザー企業もある。

 「ビデオ会議システムの効果を実感してもらったのはいいのだが,使う必要がない打ち合わせにも使われるケースが増えている」。ビデオ会議システムを導入したあるユーザー企業はこんな嘆きの声をあげる。

 このユーザー企業は今年,全国に散らばる複数拠点にビデオ会議システムを導入した。「習うより慣れろ」という言葉よろしく,社員に利用を推奨した。「昔のビデオ会議とは違って,断然画質も音質もいい。とにかく会議が快適だ」という評判がユーザー部門から挙がった。稼働率が上昇し,社員の出張回数が減り,コストが削減されていった。

 ただ,ちょっとした副作用とも言える状況が出てきているという。最近では電話とメールのやりとり数回で済むような打ち合わせにもビデオ会議システムを使うケースが増え,「ビデオ会議システムが入っている会議室の予約が取りづらくなった」とユーザー部門から不満の声が出てきた。「この状況が続くようであれば,わざとビデオ会議システム用の通信帯域を制限し,多少使いにくくすることも検討している」。IT部門の担当者はこんなことを口にした。

 便利なツールだからこそ,あえて不便にする。皮肉という言葉がとっさに思いついた。