●FeliCaと異なる用途・市場の開拓のため価格を10分の1に
●海外の格安ICカードとは比較にならない耐久性や品質を実現
●最適な素材の組み合わせを求めて100種類近いカードを試作

 非接触型ICカード「FeliCa」の勢いが止まらない。今春にはついに累積出荷数が2億個を突破。大日本印刷は、そのカード生産量でおよそ半数を占める、非接触カードのトップメーカーである。

 その業界リーダーが、思い切った“格安の非接触カード”の量産をこのほど始めた。10万枚受注時の単価が50円と、実にFeliCaの10分の1だ。ただしその狙いは既存事業の「価格破壊」ではない。「FeliCaが入り込めていない新市場の開拓にある」と、開発を担当したICカードビジネス開発部第2グループの逢坂宏リーダーは語る。

 FeliCaは高度な暗号機能や4kバイト以上の記録容量を備えるのに対し、「格安カード」はより簡素な暗号方式で記録容量は48バイト。狙う市場は、ずばり「紙や磁気カードなどの置き換え」(逢坂氏)だ。

使い切る用途にも広がる

逢坂宏●IPS事業部 ICカードビジネス開発本部 ICカードビジネス開発部 第2グループリーダー
逢坂宏●IPS事業部 ICカードビジネス開発本部 ICカードビジネス開発部 第2グループリーダー

 開発のきっかけは、逢坂氏らが「非接触カードの市場はまだ伸びる」という将来展望を2006年3月にまとめたことだった。FeliCaは好調だが、市場を分析すると、利用シーンは交通乗車券のように利用者が長く保有し、繰り返し使う用途以外にあまり広がっていない。逢坂氏はカード単価をもっと下げれば、チケットのように「目的ごとに使い切る場面」や、ハウスカードのように「利用頻度が低くてよい用途」にも広がると読んだ。

 市場拡大の予兆はまだある。ソニーとオランダのNXPセミコンダクターズが開発した通信規格「NFC」だ。FeliCaなどと互換性がある同規格は、携帯電話機や家電などへのリーダー内蔵を想定している。逢坂氏は、NFCの普及で非接触カードの利用場面が家庭や街頭へと一気に広がると踏んだ。

 これまで大日本印刷のICカード事業といえば、「顧客の注文を受けて生産する守りのビジネス」(逢坂氏)。だが「市場を先読みした製品企画で、自ら顧客を開拓するべき」という提案は、逢坂氏の熱意もあり2006年秋に担当役員からゴーサインが出た。

 実を言うと、逢坂氏が提案する「格安カード」は海外では既に流通している。NXPが開発した「MIFARE」で、総出荷は12億個、単価は約30円だ。しかし日本ではほとんど普及していない。

 逢坂氏にはその理由がはっきりと分かった。まず、薄手の紙でできたMIFAREは間に挟んだアンテナやICの凹凸が見え、FeliCaに馴染んだ目からはどうも安っぽい。耐久性試験ではカードのはがれなど、壊れやすい難点もあった。「表面の凹凸のせいで成型後に高品質の印刷ができないことも、我々から見れば欠点」(逢坂氏)と言う。

 開発の方向性は明らかだ。従来品並みに耐久性・信頼性を高めたカードを、MIFAREと遜色ないコストで作る。使用感も従来品と同等で、高品質の印刷もできる。これが日本市場で売れるための条件と、逢坂氏は確信を持った。

10層重ねから2層の張り合わせに

 ここから長い試行錯誤が始まった。カードのコストは10層以上の素材を熱圧着する従来製法をやめ、2層の張り合わせ式にすれば下げられることは分かっていた。しかしICなどの凹凸を吸収しにくい上に、カードが反りやすくなってしまう。逢坂氏は、さまざまな素材と接着剤を片っ端から試し、2層でも反りにくい組み合わせを探すという正攻法を試みた。

 この間に作った試作品は100種類近く。例えば初期の試作品は柔らかめのPET(ポリエチレンテレフタレート)を採用()。カードの耐久性は高かったが「使い勝手で違和感があるし、ICの保護性能に難点があり不採用にした」(逢坂氏)。結局、紙とPETの2種類で、接着剤との最適な組み合わせを見付け出し、既存カードと同等の使い勝手や耐久性を実現した。

図●既存の低価格製品や、試作品の欠点を克服した大日本印刷の「50円の非接触ICカード」
図●既存の低価格製品や、試作品の欠点を克服した大日本印刷の「50円の非接触ICカード」
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 低価格化の工夫はほかにもある。例えば、アンテナは金属ワイヤーを使わず、印刷技術を使ってカードの内側に形成した。「これぞ我々の独自ノウハウ」と詳細は明かさないが、RFID(無線タグ)を低価格化する最新の社内技術を応用したという。アンテナが薄くなり、2層張り合わせの製法も採用しやすくなった。

 大日本印刷のノウハウを集結させた最終製品が完成したのはつい最近のこと。3月の試作品段階で報道発表したこともあり、内定も含め既に10社超から受注があるという。「今後の普及は、新しい利用シーンをシステムとセットで提案できるパートナーにかかっている」と、今や逢坂氏の目は協業策に向いている。