日本企業のグローバル化が進む中,システム開発・運用などの業務を海外企業にアウトソーシングする動きが加速している。委託先も中国,インドから,ベトナム,ブラジルなどへと広がり始めている。このグローバル・ソーシングの動きはどこまで進むのか。日本企業の取り組みには,どんな課題があるのか。CSKホールディングスの有賀貞一 代表取締役に話を聞いた。 (聞き手は福田 崇男=ITpro)

中国やインドに情報システムの開発や運用を委託する日本企業が増えています。この動きをどのように見ていますか。

CSKホールディングス 代表取締役 有賀貞一氏
CSKホールディングス代表取締役 有賀貞一氏 (写真:中野和志)

 仕事が世界に広がっていくのは自然なこと。日本企業と委託先の海外企業の双方が,継続的にメリットを享受できるなら,とても良いことだと思う。

 しかし現状をみると,オフショア開発など海外へのアウトソーシングに注力している日本企業の多くは,委託先との長期的な関係作りよりも,賃金格差を利用したコスト削減を狙っているようだ。当面はそれでもいいかもしれないが,単にコスト削減だけを目的としたアウトソーシングは,いずれ立ち行かなくなるのではないか。

 その理由はいくつかある。

 第一に,今後も継続的に賃金格差による収益が期待できるかどうか疑問だ。実際,賃金格差は徐々に縮まっている。いま上海で優秀なエンジニアを雇おうとすると,月給1万元(約15万円)でも無理だ。それに加えて翻訳の費用や交通費,ブリッジSEの人件費などの諸経費が必要なので,エンジニア1人あたり40万円程度かかる計算になる。

 もちろん日本の都市部のエンジニアと比べれば,人件費にはまだ開きがあるが,地方都市のエンジニアなら同じ程度のコストで業務を委託することができる。もしコスト削減だけを目的と考えるなら,言葉や距離に制約のある海外企業に業務を委託する積極的な理由は見当たらない。

コスト削減だけを目的としたアウトソーシングが行き詰まる理由としては,ほかにどんなことが考えられますか。

 中国やインドのITベンダーは,日本企業が考えるよりも,上流設計やパッケージ開発といった,より付加価値の高い仕事を志向している,ということが挙げられる。もちろん,日本企業からソフトウエア開発を請け負うことは,短期的には収益拡大につながるのだが,今後も伸ばしたい分野とは考えていないようだ。

 以前,中国のITベンダーのトップや業界団体の代表と意見を交わしたとき,多くの経営者がカスタム開発ではなく,パッケージ開発やSaaS(Software as a Service)を使ったビジネスへの期待を語っていたことが強く印象に残っている。

オフショアを見直す時期に来ている

CSKホールディングス 代表取締役 有賀 貞一氏

 中国のITベンダーがパッケージ開発やSaaSに目を向ける背景には,中国の企業社会がいよいよ本格的なシステム化時代を迎える,ということがある。中国経済はあと5年くらいで日本の経済規模に追いつくといわれているが,そうなると情報システムも日本と同程度の規模のものが必要になるはずだ。

 膨大な数の企業が新たにシステムを構築するのだから,中国のITベンダーは当然,パッケージやSaaSの利用を考えるだろう。カスタム開発はどう考えても生産性が低く,考えにくい。だとすれば,中国のITベンダーが今後も積極的に,日本からのソフト開発の案件に取り組もうと考えるか疑問だ。

 日本国内でも多重請負の業務委託契約を見直すベンダーが出てきたように,オフショア開発を今後どうするか真剣に検討すべき時期に来ているのではないか。日本のITベンダーが自社のパッケージの製造工程を海外ベンダーに任せるなど,委託先の企業価値を高めるような関係作りが必要だ。中国だけでなく,インドやベトナムについても同じことが言えるだろう。

開発だけでなく,システムの運用業務を海外ベンダーに委託する企業も出てきています。

 運用については「国をまたいで業務やシステムを委託して,本当に大丈夫か?」というのが率直な印象だ。特に,機密性の高いデータを,海外のデータセンターにあるサーバーで管理しているようなケースは,安全保障上の問題があるのではないか,とさえ感じる。

 情報システムは,企業が長年かけて築き上げた業務モデルやノウハウが詰め込まれたもの。それを運用委託ということで,簡単に海外に出してしまっていいのかと思う。