顧客とのコミュニケーションの能力を向上させるには、「伝えたいことをいかに伝えるか」のスキルを磨くことが重要になる。そのためには事前の準備が不可欠だ。誰にどんな点をアピールすべきかを明確にしておくことや、リハーサルも必要になる。ただし“借り物”の他人の言葉ではなく、「自分の言葉」に変換して伝えることが望ましい。

 前回はコミュニケーションにおける「聞く」ことの重要性について述べたが、2回目は「伝えたいことをいかに伝えるか」をテーマに、コミュニケーションのスキルを解説する。

 どんな業界でも、営業担当者にとって自社の製品やサービスの特長をいかに顧客に理解してもらうかが勝負だろう。特にソリューション営業の場合、顧客に提案内容が正しく伝わらなければ受注に結び付かない。顧客への訪問、交渉、さらにはプレゼンテーションの場面もある。その場面ごとに「伝えたいことをいかに伝えるか」が重要になる。

 どんなベテランの営業担当者も、新人のころは「自分が伝えたいことをうまく伝えられなかった」ということを、一度は経験しているはずだ。その大きな理由は、顧客と対面するときに不安や緊張が出てしまうからだろう。筆者は26歳で就職し30歳になって営業職に異動したが、初めて顧客にあいさつに行ったときの緊張は今でも忘れていない。

 顧客の前で不安や緊張が出てしまうと、いくら優れた提案でも相手には伝わらない。逆にコミュニケーションを取ろうとして話し過ぎるのもよくない。顧客が疲れてしまっては意味がないからだ。事前に調査したことを一気に話そうとする営業担当者もいるが、言いたい気持ちをこらえるのも重要だ。そうしないと何のためのコミュニケーションなのか分からなくなる。

 こうした状況を克服し、自分の提案をうまく相手に伝えるにはどうしたらよいだろうか。

不安や緊張には三つの側面がある

 一般に対人面での不安や緊張には、大きく分けて三つの側面があるといわれる。「生理学的」側面や「認知的」側面、「行動的」側面である(図1)。

図1●不安や緊張には大きく分けて三つの側面がある
図1●不安や緊張には大きく分けて三つの側面がある

 生理学的側面は、体の筋肉が緊張して力が入った状態を指す。のどが締めつけられる感じがしたり、足や手が震えたりする状態も含まれる。ときには動悸や発汗を伴う。

 認知的側面は、考え方の偏りや癖のことだ。何か話をするたびに「こんなことを言ったら相手に嫌われるのではないか、ばかにされるのではないか」といった、いわば思い込みによって自らコミュニケーションを阻害してしまう。

 生理学的や認知的な側面は、医学や精神面の要素が伴うためすぐには対応しにくい。だが行動的側面は話す内容や話し方に起因する部分であり、事前にしっかりと準備したり練習することで対応できる。

 これら三つの側面は、互いに大きく関係している。例えば、顧客とのコミュニケーションをうまくとれず(行動的側面)、伝えたいことを伝えられないと、次第に「どうせダメだろう」と思考まで後ろ向きになり(認知的側面)、さらに緊張が増していく(生理学的側面)といった具合である。

 悪循環を断ち切るには、まずは行動的側面を克服していくしかない。顧客と話ができるようになれば思考が前向きになり、緊張も和らいでスムーズに話せるようになるはずだ。

まずは「自分のこと」を話す

 では顧客と何を話せばよいのか。まずは「自分のこと」を話題にするのがよい(図2)。さまざまな製品やサービスを売り込むより、まずは会社の代表として自分を売り込むことが重要になるからだ。

図2●まずは自分を売り込むため「自分のこと」を話す
図2●まずは自分を売り込むため「自分のこと」を話す

 最初、顧客はどんな製品を売りに来たのかと不安感や警戒心を持っている。それを払拭するためにも自分のことを話す。「自分のこと」といっても、自分の好きなことや関心を持っていることを一方的に話すより、できれば1回目に述べたように顧客の話を聞きながら幅広く話題を展開していけば、顧客にとって気持ちがいいはずだ。

 そのためには、たとえ浅くても構わないので幅広いテーマやジャンルに関心を持ち、自分の意見を言えるように普段から心掛けておくべきだろう。「あの新聞記事、見た?」と顧客に言われて、「それは読んでません」では会話が続かない。

 筆者は新人のころ、「初めての顧客を訪問するとき、最初の切り口をどうすべきか」で悩んだことがある。同僚に相談したところ、「天気の話をしては?」と言われた。ところが訪問すると顧客から先に「大森さん、今日はいい天気なので営業活動がしやすいでしょう」と言われてしまい、思わず「ハイ」と答えてその後、何を話していいか緊張して手に汗をかいたことがあった。

 なおも緊張してうつむいていると、顧客が「大森さん、趣味は何?」と聞いてくる。「クラシック音楽を聴くことです」と答えたら、「ちょうど当社の記念コンサートがあるので来ませんか」と誘われた。記念コンサートに行ってから、その方の上司にも紹介されるようになり、以後はスムーズに会話ができるようになった、という体験がある。

 ベテランの営業担当者ほど、実は自分の売り込みがうまい。普段からあらゆることに関心を持ち、新聞や雑誌、テレビのニュースなどをよくチェックしている。話題が広がっても会話が続く。こうした営業担当者の努力が重要になる。自社の製品やサービスに対する知識は身に付けて当たり前だが、ソリューションの中身だけでは差異化しにくい時代でもある。いたずらに売り込みに走ることは避ける。

 それでも顧客との会話に不安があるなら、事前に「リハーサル」を重ねる手段が有効である。自分をよく分かってくれている同僚や家族を相手に、自分の話し方を聞いてもらう。すると「そんな言い方では反感を招く」とか「もっと柔らかい表現はできないか」と、自分が気付かない点へのアドバイスをもらえるはずだ。「リハーサル」はやってしまえば簡単。気恥ずかしさや忙しさを乗り越えて挑戦することが大事である。