顧客とのコミュニケーション能力を高めるには、まずは相手の話をじっくりと「聞く」姿勢を持つことだ。自分が話すばかりではコミュニケーションは取れないし、顧客の真のニーズは把握できない。コミュニケーションスキルというと「いかに話すか」を思い浮かべるだろうが、コミュニケーションは話すより聞く方が重要であり、しかも難しい。

 筆者は今年で勤続31年になり、管理や営業、そして現在は営業人材開発部に所属し、営業担当者の教育を主に行っている。営業活動にとって顧客とのコミュニケーションは必須だが、「最近の若手社員は素直で情報収集力がある半面、コミュニケーション能力が低く、表現力に乏しい」との指摘が多い。顧客とのコミュニケーションが不足していると、ニーズが分からず良い提案はできないし、受注獲得は難しくなるだろう。

 コミュニケーションが円滑であれば顧客は本音を語ってくれるし、真のニーズが分かる。提案内容もツボを押さえたものになり、受注獲得に結び付きやすい。しかし、そこまでたどり着くのは簡単ではない。最近は若手社員だけでなく、営業マネジャーでさえも部下の若手社員に対し、顧客とのコミュニケーションをいかに向上させるかを指導できないケースが少なくないのが現状である。

 顧客といかに良好なコミュニケーションを取っていくかは、個人の素質に寄る部分もあるが、基本的なスキルを学ぶことで能力向上を図ることはできる。そこで本連載では6回にわたり、顧客とのコミュニケーションを向上させるにはどんなスキルを学ぶべきかを記述してみたい。若手社員だけでなく、部下を指導する立場の営業マネジャーにとっても役に立つはずだ。

 第1回目では、コミュニケーションのスキルにとって重要なポイントである「聞くこと」をテーマに取り上げる。

「話す」より「聞く」ことが難しい

 コミュニケーションスキルというと、「いかに顧客と話すか」を思い浮かべる場合が多いだろう。しかしコミュニケーションは話すより、聞く方が重要であるし難しいと筆者は考える。営業担当者が顧客にアプローチする場合、いきなり商品を説明しても顧客とのコミュニケーションは取りにくいはずだ(図1)。

図1●仮説やシナリオを顧客に押し付けない
図1●仮説やシナリオを顧客に押し付けない

 その前に顧客の状況を事前にリサーチし、自分なりの仮説やシナリオを用意して訪問することが大切だろう。しかし仮説やシナリオを顧客に押し付けるわけにはいかない。仮説やシナリオを作ることは、顧客のことを知り本音を引き出すための準備段階に過ぎない。仮説やシナリオをブラッシュアップするためにも、顧客から状況を聞きださなければならない。

 顧客の話を聞くときは、まず顧客自体に関心を抱くことが求められる。そして話す内容、いわば言語的メッセージを正確に理解する。だが、それだけでは不十分である。大切なことは言語だけでは表現されないからだ。つまり非言語メッセージである気持ちや感情まで汲み取らなくてはならない。

 気持ちや感情はコミュニケーションにおいては言語化されない部分である。顧客の言い方や態度、行動となって表れる。これが非言語メッセージと呼ばれるものだ。最近の日本人は他人の話が聞けないとか、「場の空気」を読めないと言われるのは、非言語メッセージへの理解が乏しいからだろう。単なるヒアリングや RFP(提案依頼書)を読むだけでは、顧客が本当に満足するソリューション提案にはなりにくいのも、このためである。営業担当者が顧客の言葉を聞いて問題解決の方向性や合理性を追及しているつもりになっても、顧客にとっては意味がない行動である。

 聞くとは言語的メッセージだけでなく、非言語メッセージまで含めて考える必要がある。そのため、「聞く」ときには人間の五感(見る、聴く、かぐ、味わう、触れる)をフル稼働することが必要になる。だから決して「受け身」ではなく、極めて能動的な行為といえるだろう。「聞きたい」という態度と心が顧客に伝わってこそ初めてコミュニケーションの初期段階が成り立つ。仮説やシナリオは作ったら終わりではなく、スタートラインに過ぎない。

 しかも「聞きたい」という態度は、自分の本当の関心が顧客ではなく、自分に向かっているとうまくいかない。「この商談で今月のノルマを達成しよう」「もっと効率よく商談できないか」などと考えていると、顧客に共感することはできない。自分が疲れているとき、自分自身が重い悩みを抱えて頭が一杯のときなどのように、自分に注意が向いている状況では共感しにくいものである。だから聞くことはものすごく集中力が必要になる行為なのである。

ニーズは顕在化しにくい

 初回訪問だけでは顧客のニーズは把握しにくい。まずは商品を売り込むことではなく、会社の代表として自分を売り込むことからコミュニケーションが始まる。顧客はどんな商品を売りに来たのかと不安感と警戒心を持っている。無理に押し付けるのではなく、その気持ちを取り払うことが重要になる。最初は顧客の困っていることや、将来こうしたいという構想だけでも聞ければ十分、といった楽な気持ちで臨みたい。

 2回目の訪問以降、ヒアリングから真のニーズを引き出していければ理想的だ。

 ではニーズとは何か。ニーズとはまず「ささいな不平や不満」から始まり、「明らかな問題や困難、不満」へと発展。そして最終的に行動を起こす欲求や願望、意図に変わるといった変化の結果であろう(図2)。小規模商談では、こうしたプロセスが瞬間的に来る場合もあるが、大型商談では何カ月もかかるケースがある。

図2●顧客は本音を言わないが、ニーズは探ることができる
図2●顧客は本音を言わないが、ニーズは探ることができる

 ニーズは顕在ニーズと潜在ニーズに分かれる。顕在ニーズは願望についての明確な発言である。

 例えば「処理速度の速いシステムが欲しい」「セキュリティシステムが欲しい」といったものだ。潜在ニーズは顧客の抱えている問題や困難、不満に対する発言に隠れている。「現在のシステムでこの業務に対応できない」「処理速度が遅いから難しい」といったものである。

 ただし潜在ニーズはなかなか顕在化しないし、顧客自身がニーズに気が付かないときもある。そんな場合は特定のテーマを持ったセミナーを紹介したり、商品カタログやデモ、モデルユーザーの見学などを通じて、潜在しているニーズを浮き彫りにする手段もある。