厚労省・社保庁の情報通信システムの開発と運用を評価するとき,多くの人たちが見落としている事実がある。それが国民年金制度の制度改定だ。制度が改定されると,情報通信システムの開発や運用に関する要件が変更される可能性がある。

システム開発費用は年金特別会計の「業務勘定」が負担する

 その簡単な例が,システム開発費用の負担である。

 民主党が提出した“年金流用禁止法案”が11月2日,参議院で可決された。この法案の趣旨は,「被保険者から徴収した年金保険料は年金の給付以外には使わない」というものである。

 社保庁の組織運営と年金運営の費用は基本的には“年金特別会計”の範疇(はんちゅう)で賄われる。その年金特別会計には「業務勘定」と称する費用支出の予算措置がある。この業務勘定は,基本的には3分の1が国庫負担で,残り3分の2が年金保険料収入から流用されている。直近の予算と実績の概要は,社保庁のホームページに掲載されている。

 業務勘定の予算は毎年,国(省庁)の予算と同様に前年の年度末までに立案され,国会で討議されて,議決(承認)される。この枠組みは国民年金法が制定されて,その法律の下で国民年金制度が運営され始めて以来,まったく変更されていない。現在進行している社保庁の新情報通信システムの開発も過去の情報通信システムの開発も,その開発費用は原則「業務勘定」の事務費に計上されていると推定される。

 仮に,“年金流用禁止法案”が衆議院でも可決されて成立すると,業務勘定に年金保険料を使うことができなくなる。そうなると,現在進行している新情報通信システムの開発費の負担と,現行システムの残債及び運用費用は,新たに厚労省が予算措置しなければならなくなる。

税・保険料の徴収一体化で生じる不要な情報通信システム

 システムの開発・運用費用についても,制度改定が影響を与える可能性がある。

 2007年7月のことになるが,日本経済新聞に「市場化テスト」で滞納保険料の徴収督促を入札で民間に委託したら,徴収費用が3割から5割も下落したという記事があった(関連記事)。この市場化テストをさらに推し進めて,徴収督促の業務にかかる情報通信システムの設備や運用までを委託先に任せることにすれば,情報通信システムの運用にかかる費用は多少なりとも下がる可能性がある。データ管理の基幹部分は社保庁の情報通信システムが処理するとしても,現場のサブシステムの運用費を委託費用に含ませることができるからだ。

 さらに,まだ散発的に議論されているだけだが,「国民年金保険料の徴収を財務省・国税庁に任せてはどうか?」という意見もある。これは,米国の歳入庁を参照事例とするもので,税徴収と保険料徴収を一体化しようという考え方だ。これが実現すると,検討中の社会保険庁の新情報通信システムのうち,保険料徴収業務に関わるサブシステムは必要ないという事態になる。

 こうした制度改定を無視して,新しい情報通信システムを開発すると,不必要なサブシステムが生み出されてしまう。実際,IBCS(IBMビジネスコンサルティングサービス)が2005年3月に公表した報告書を読むと,社保庁の現行システムでは開発済みのプログラムのうち1割弱の未稼働プログラムがあると記されている。委託先に開発費を支払い,さらには使用料を支払いながら使っていないという,何ともおかしな事態が散見されている。要するに開発費用の浪費が起きているのだ。