ノークリサーチ代表 伊嶋 謙二 氏 伊嶋 謙二氏

ノークリサーチ代表
矢野経済研究所を経て98年に独立し、ノークリサーチを設立。IT市場に特化した調査、コンサルティングを展開。中堅・中小企業市場の分析を得意としている。

 全国にある企業の95%以上が中小・零細企業だ。数にして400万以上。その多くがITの担当者はおろか、ITの必要性すらまともに感じているかどうかも不明だ。

 この状況下で今、「SaaS」という新ワードが市場をにぎわしている。ベンダー各社は「中小企業がメインターゲット」と口をそろえるが、果たして彼らの経営を助けるものとなるのだろうか。

 そもそもベンダー側が、SaaSが中小企業へ浸透すると見ている根拠の一つは、インフラ、特にブロードバンドの普及だ。そしてネットワークコンピューティングの浸透とネットワーク利用の普遍性、リテラシーの高まりである。

 提供側においてもセールスフォース・ドットコムが注目され、追随する企業も増えつつある。経済産業省や総務省などの官公庁も、SaaSを利用した企業の IT化の促進を積極的に進めようとしている。しかし前者は中堅規模以上の実績がメインで、後者は具体的な進め方やサービスメニューについては明らかにされていないという制約付きだ。

 では現実問題として、今後中小・零細企業にSaaSは普及するのか。この解を「売り手のビジネスモデルの現実性」や「一般論としての使い手のITレベル向上」に頼ってはいけない。中小・零細企業に対しては、SaaS普及の可能性や現実性を語る以前に、売り手が把握すべき問題が多岐にわたって存在している。実態を知らぬままSaaSを推進させようとしても、役立つサービスになるわけがない。

 SaaS推進側はまず、零細企業の経営課題を知ることだ。そして、ITがそれの解決に役立つことを認識させねばならない。その上でようやく「パッケージかSaaSか」といった、ITの提供モデルの差異が問われるのだ。

 中小・零細企業の主な経営課題は、(1)経営資源の弱さ、(2)IT活用の未熟さ、(3)経済的な環境に左右されやすい、の3点である。問題は、その現実を当の企業自身が課題として認識しているのか、具体的な解決策を検討しているのか、そこにITを活用するという考えが含まれているのか、ということにある。残念ながら、答えは憶測の域を出ない。

 仮に漠然とITの必要性を感じていても、何に役立つのかというとよく分からない、という企業が大半だろう。ITの導入目的を見いだせたとしても、パッケージソフトを導入・活用するための予算がない。リテラシーも低いので何を買ったら良いかわからない。このネガティブなプロセスの打開策の一つが「SaaS」というITの利用形態になる。

 そのために必須な要件は、価値と使いやすさの両面から「使える」メニューをそろえること、官庁庁などによる縛りで、使わざるを得ない状況を作ってしまうこと、セキュアなネットワーク環境が整うこと、サービス業者の信頼性が担保されることーーなどだ。売り手側は、このような普及のための素地を整える必要がある。

 何よりも、IT化において孤立している中小・零細企業の救世主として、先陣を切って名乗りを上げるITベンダーが出てこなければならない。もっとも、 SaaSの営業対象を初めから中堅企業や成長企業など部分的な層に絞っているとしたら、騒ぐ価値はない。売り手の空騒ぎでフェードアウトするようなことだけは避けたい。