大和総研企業調査第三部シニアアナリスト  中村 哲也氏 中村 哲也氏

大和総研企業調査第三部 シニアアナリスト
伊藤忠商事を経て,2000年に大和総研に入社。現在,ソフトウエアと情報サービスセクターで主に中・小型株式の調査を担当。

 今年の株主総会ほど、物言う株主が脚光を浴び「委任状争奪戦」が熱を帯びたのは前代未聞。本来在るべき株主総会の姿が日本でも定着する可能性が高まったと見るべきだろう。目立った株主提案は、素材、製造、流通、メディア、不動産などの成熟産業に多く、ソフトウエア、インターネットなどの新興企業には事例が少ない。しかし筆者は、アクティビストが次の矛先をソフトウエア会社へ向け始めるのは時間の問題と考える。

 一般にアクティビストの投資スタイルは、まず成熟産業を対象に経営効率の低い企業を絞り込み、そこへ集中投資(大量保有)を行う。そして暫らく様子見した後に、「株価が割安放置されているのは経営に問題があるからだ。株主に報いるために経営を改善すべき」、との株主提案を総会へぶつけて是非を問うケースが目立つ。旧村上ファンドなどが代表例であり、話題と注目を集めている間に高値で売り抜ける卑劣な事例も多いため、アクティビストとグリーンメラーは同一視されることが多い。

 ソフト企業の経営者にとっては幸いにも、同業界はアクティビストと無縁で来られた。理由は、過去一貫してソフト会社の株価水準が他業種に比べて割高であったこと 、またソフト産業を成長業種と捉える見方が主流であったため資本効率に異を唱える投資家が少なかったこと、の2点と考える。

 前者は長らく、アクティビストの参入を阻む最大の障壁だった。他業種の平均的なPER(株価収益率)が15~20倍であったのに対し、ソフト企業は過去数年にわたり25~30倍に分布しており、これが防波堤の役割を果たしてきた。長期保有している間にバリュエーションの調整が起これば、株主提案へ至る以前に膨大な含み損を抱えてしまうリスクが高いからである。しかし近年、少なくとも今年に入って年初来の株価推移を見る限り他業種の平均的なPERと遜色ない水準まで低下しており、防波堤は崩れ去ったと見るべきだ。

 後者に関しては、バイオベンチャーを例に挙げると分かり易い。バイオベンチャーは投資家から資金を募り、これを使って新薬開発に向けた投資を行う。手元にキャッシュが潤沢とは言え、成長するために使い切るのが目的で、投資家へ還元するのが目的のキャッシュではない。数年前まではソフト会社についてもこれと同様の理屈が正当化され、エクイティEファイナンスも容易だったし、過度の内部留保もこれをとがめようとする投資家は少なかった。

 ITバブル崩壊、ライブドアショック、会計基準厳格化など数々のイベントを乗り越え、ソフト会社の株価は今日のバリュエーションへたどりついた。投資家の間でも、ソフト業界は成長産業というよりむしろ成熟産業、今後は生き残りを賭けた再編を免れ得ないという見方が定着しつつある。このように考えた時、ソフトウエア会社がアクティビストに狙われ、より効率的な経営を求められるようになるのは時間の問題ではないか。

 ROEが低い(≒不必要にキャッシュポジションが高い)のみならず、「人材」、「知財」、「子会社」などその他グループ内リソースの潜在価値を十分に顕在化できいない会社、かつゴーイングEコンサーンを前提としやすい会社は狙われやすい。経営陣は買収防衛策を検討する以前に、会社は誰のものかを自身へ問うべきだ。