これまでの自治体の改革は、改革派首長の活躍に依存することが多かった。だが今後は首長のリーダーシップだけでなく「情報公開」のやり方が成否を決する。「情報公開」は国にも自治体にも標準装備されている。だが使いこなしはまだまだだ。今回は大阪市役所の改革を通じて筆者(大阪市市政改革推進会議委員長を兼務)が痛感した情報公開が秘める可能性を考えたい。

自治体における「情報公開の3段階」

 自治体の情報公開には3つの段階がある。第1段階は、市民からの請求を受けて情報を公開するという古典的なもの。第2段階は個別具体の事務・事業について普段から積極的に市民向けに情報公開をする。第3段階は市民だけでなく金融機関など幅広いステークホルダーに向けてその自治体が全体として何を目指すのか、どういう財務状況にあるのを積極的に発信する。

ちなみにこの2年で一気に第3段階まで進んだ自治体がある。大阪市役所である。元は第一段階すら不十分だった。それが2年間で第2段階からさらに第3段階にまで進んだ。

 2年前、大阪市は全国市民オンブズマン連絡会議による「情報公開度ランキング」(平成16年3月)で政令指定都市13自治体中最下位という評価を受けた。その後、不祥事を契機に情報公開条例の改正などに取り組む。その甲斐あって3年後の今年は同じ調査で第3位に躍進した。

 第2段階の「個別の事務・事業についての情報公開」は、二つの効果を発揮する。ひとつは既得権益の打破と抵抗勢力の牽制である。不正や不適切なことが明るみに出ると行政はおのずと是正に動く。もうひとつは情報公開によって行政組織の外の人たちの知恵が取り込める。行政パーソンはえてして自分たちのやり方がいちばん正しいと考えがちだ。しかし民間から見ると生ぬるい、知恵が足りないとみえることがある。外から建設的な批判を得るためにも情報公開は大切だ。そのためには問題が起きて情報公開請求があり、そこではじめて情報提供していては遅い。ふだんからそれぞれの部局が何をめざし、どういう仕事をしているのか積極的に情報公開する。そうして常に外部の人間からの助言を求める。こうした姿勢がひいては民主主義を強化し、また市民参加を促す。これからの行政の情報公開は事後の受け身対応という発想を超える必要がある。ちなみに大阪市役所の場合、主要な事業69について事業分析を行った。その結果はすべて情報公開している。

 第3段階の情報公開は改革マニフェストの策定やそれをマスコミや投資家に広く説明することで行う。ブランド形成への努力といってもよい。効果は「改革自治体」のランキング調査や格付けの向上という形で表れる。大阪市の場合、今年8月に大阪市債が高水準の格付けを得た。すなわちスタンダード・アンド・プアーズ社からは「AAマイナス」(20段階の上から4番目)、ムーディーズ社からは「Aa2」(21段階の上から3番目)というともに予想外に高い信用評価を取得した。大阪市債は国内格付けによる「勝手格付け」では政令都市中最下位に甘んじていた。しかし今回、両格付け機関は情報公開などの市政改革の進展、市税収入増などを評価して全国自治体の中でも最高位の評価を与えた。改革の努力と方向性を具体的に示せば、格付けが実際に上がるということが確認できた。

 格付けが上がるとそれが改革をさらに加速する。逆に改革の手を緩めると格付けが下がる。高い格付けは改革の維持装置としても機能する。積極的な情報公開は正しい改革戦略とあいまって、改革への努力そのものを持続安定化させる効果がある。

情報公開をバージョンアップするための3つの視点

 これからの情報公開では次の3つが重要になる。

 第1に情報公開が自治体の改革を持続させる上でのエンジンになるという戦略的な発想が必要だ。改革派の首長は確かにパワフルだ。だがいつまでもいるわけではない。これに対し情報公開は何でも公開するという情報公開ルールをいったん確立してしまえば逆戻りは難しい。ひいてはそれが改革の持続を保障する。

 第2に公開すべき情報の中身が深化しつつあることを認識する。当初は不正、不祥事を表に出すだけで十分だった。だがやがて個別の事業の非効率や財政赤字などの情報が必要になる。さらに次は資産・借金などのB/S情報も必要になる。体系的な整備のしくみが急務だ。

 第3に行政情報を外から評価する"情報市場"の整備が必要である。上場企業の場合は株価が日々の企業の業績評価そのものである。さらに格付けがある。また証券アナリストがさまざまな評価報告を発表する。ところが行政の場合は情報公開をしても信憑性をチェックしたり、他の行政機関と比べる仕組みがない。時折、雑誌や週刊誌が暮らしやすい町のランキングや先進自治体のリストを出す。しかし行政が出した情報を記者の主観で評価したものが多く決して質が高いとはいえない。格付け機関による評価もあくまで投資家向けの情報でしかない。格付けは高いに越したことはない。しかしその向上自体が情報公開の目的とはならない。行政の"情報市場"はこうした事情を反映し多面的な角度から構成される必要がある。

 この10年で自治体の情報公開はずいぶん進んだ。しかし財政危機はますます進行する。また企業はディスクロージャー、コーポレートガバナンス、コンプライアンスなどのしくみを充実させつつある。こうした動きも取り込みつつ、自治体は情報公開のバージョンアップを図る時期に来ている。

 

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。