インターネットを使ったいじめが横行している。昨年末頃からは,携帯電話の自己紹介サイト「プロフ」をめぐるトラブルが話題になった。プロフとは,インターネットで自己紹介ページを作成するサービスのことで「プロフィル」の略。最近では,愛知県の女子高校生が,無断で実名や電話番号などを載せたプロフを作成され,その存在がわかるまで約1年もの間,嫌がらせの電話やメールに悩まされるという事件があった。

 嫌がらせのメールを本人に直接送りつけてくるいじめも後を絶たない。最近筆者が,母親同士の会話で聞いた話はこうだ。隣の学区の中学の女子生徒がいじめを苦に登校拒否を続けていたが,両親や先生の説得もあり,やっと学校に出てきた。その日,クラスメートの1人が親しげに「メルアド教えて」と寄ってきたので,その女子生徒はうれしく思い,メルアドを教えた。だがその晩,彼女のもとには「うざい」「なぜ出てきた」など,おびただしい数の中傷メールが殺到した。もちろん彼女は再び学校に行けなくなってしまった。

 メールは人を傷つける凶器になり得る。我が子がネットをめぐるトラブルに巻き込まれてはいないかと心配になった親たちは,子どものメール使用を制限したり,メールボックスをチェックしたりしているようだ。だが,子どもたちが自由にメールを使えなくなった時,何か問題は起きないのか。子どもによっては,メールが“救い”になっていることもあるのではないか。

 筆者は少し前,「メールには人を生かす力がある」と考えさせられる場面に遭遇した。手紙でも,電話でもなく,メールだから成し得たのではないか──そう思えたのである。以下の話には2人の少女が登場するが,いずれも仮名である。

「いじめはなかった」のに飛んだ少女

 「今すぐ電話で話したい」。あおいの携帯に,塾で知り合った友達のいづみからメールが入った。明日から新学期が始まるという深夜のことである。あおいにはピンと来ていた。いづみは隣のY中学校に通っていたが,そこでいじめられているのを知っていたからである。

 いじめの首謀者の女生徒は,所属している運動部の同級生だった。部活動中の執拗な嫌がらせだけでなく,金銭を迫られたり,時には自宅まで来て脅すのだという。その女生徒は,あおいといづみと同じ塾に通っていたが,1つ上のクラスだったので大禍はなかった。

 それが,夏休み中の試験の結果,あおいといづみは2人一緒に上のクラスに上がることになった。新学期からは塾でもいじめの首謀者と机を並べることになったわけで,いづみはそのことをひどく悩んでいた。
 
 「そんなに嫌ならうちの中学においでよ」。あおいはいづみを力づけた。塾が終わった後,10時過ぎまで話に付き合ったこともある。だが,いづみの心は恐怖で強ばっていた。「あおいも一緒にいじめられるよ。うち(私)と居ない方がいい」。

 電話は30分以上続き,深夜12時になろうとしていた。早く切りなさいと母親にせき立てられ,あおいは「大丈夫だよ,平気だから。今週必ず塾の教室で会おうね。ちゃんと来るんだよ」と呼びかける。そうだね,といづみは最後に確かに言った。だが,彼女は約束した日,教室には現れなかった。

 数日後あおいは,いづみがY中学校の校舎の4階から“飛んだ”ことを知る。学校からきちんと説明があったわけではない。うわさに耳聡いクラスメートが,Y中学の事件を聞きつけてきたのである。意識不明の重体──ということしかわからなかった。早速Y中学ではPTA集会が開かれたが,学校側の説明は「いじめはなかった」ということだった。

 確かにいづみは心底悩んでいた。あの電話は,誰かに助けて欲しいという必死の叫びであり,SOSだった。あおいとの電話で,いづみが納得できたかどうかわからない。だが翌日,学校に登校して「現実」を目の当たりにしたとき,彼女は飛ぶことを選んでしまった。

 いづみは生きているのか,それとももういないのか。わからぬまま,あおいはいづみにメールを書いた。長い,長い,メールを書いた。「いづみはちっとも悪くない,いじめなんかに負けちゃダメだ,絶対に帰ってくるんだ,うちらはずっと友達だよ・・・・」。だが,あおいの携帯に返信が来ることはなかった。