10月25日に発売された書籍『トヨタの上司』(中経出版)
10月25日に発売された書籍『トヨタの上司』(中経出版)

 トヨタ自動車とリクルートが共同出資するコンサルティング会社のOJTソリューションズ(名古屋市)が、同社に所属する元トヨタ自動車のベテラン社員へのインタビューを通じて、「トヨタにおける上司像」を一冊の本にまとめた。それが10月25日に発売された書籍『トヨタの上司』(中経出版刊)である。

 本書に登場する元トヨタマンの1人である原田恒夫氏は、1964年から2006年までの約40年間をトヨタ自動車で過ごした現場のたたき上げの人物だ。今はOJTソリューションズの「エグゼクティブ・トレーナー」として、トヨタ流の現場改革を学びたいトヨタグループ以外の企業への指導に当たっている。

 原田氏はトヨタでの現役時代、「上司に恵まれた」と振り返る。特に愛知県豊田市にある高岡工場で働いていた時に当時の上司に聞かされた「ひばりの親子」の童話が忘れられないという。

 その話とは、麦畑に巣を作ったひばりの親子の会話である。村人が大勢やってきて「そろそろ麦刈りをしよう」と言っているので、ひばりの子供が母鳥に「それなら引っ越ししようよ」と言うと、母鳥は「まだ大丈夫よ」と子供に答える。数日後に今度は2~3人の村人が出てきて「麦刈りしよう」と言っていた時も、母鳥は「まだ大丈夫よ」と言う。そして、ついに1人の村人が「そろそろ麦刈りをしよう」と出てきた時になって初めて、子供に「さあ、引っ越ししましょう」と語るものだ。

 この例え話は、人間は「みんなでやろう」と言っているうちは、誰も本気になっていないことを示唆している。1人で動き出した時こそが、本人が本気になっている証拠であるという教訓だ。原田氏は当時の上司に「そういうものの見方で現場で働く人たちを観察するように」とアドバイスされた。

現場リーダーを育てるトヨタ伝統の仕組み

1964年から2006年までの約40年間をトヨタ自動車で過ごした原田恒夫氏は、かつての上司から「ひばりの親子」や「村祭り」の童話を聞かされた
1964年から2006年までの約40年間をトヨタ自動車で過ごした原田恒夫氏は、かつての上司から「ひばりの親子」や「村祭り」の童話を聞かされた

 同じように、上司から聞いた話には「村祭り」の童話もある。これは宴会の席に村人が各家からそれぞれ酒を持ち寄って樽に入れ、みんなで飲むことになっていた時、樽に集まった酒が妙に水っぽかったというものだ。これは「自分だけは酒の代わりに水を持っていっても、ばれないだろう」と考える村人が、実は大勢いたという話だ。ひばりの親子も村祭りも、昔から変わらない人間の習性や本質を言い当てている。

 この村祭りの話を、今度は原田氏が現在の指導先の企業で話している。というのも、「ある企業では現場で品質不良が発生した時、それでは2重チェック、3重チェックをしましょう」と言って、担当者の数を単に増やそうとしていたからだ。しかし、人数を1人から3人に増やしたところで、「一人ひとりの意識が変わっていなければ、結局は村祭りの話のように、自分だけは手を抜いても大丈夫だと考える担当者が出てきてしまい、問題は解決されない」。そうした人間の行動の本質を村祭りの話をしながら、指導先に語った。

 原田氏は指導先を回るなかで、「多くの企業には現場リーダーを育てる仕組みが整っていない」ことを痛感しているという。原田氏は本書で「レポートは時間のある限り書き直しなさい」という話も披露しているが、これはトヨタの現場でのリーダー育成プログラムに欠かせないA3サイズの「問題解決レポート」のことを指している。トヨタでは現場リーダーのレベルに合わせて、「班長」「組長」「工長」といった「職制」が用意されているが、これらの職制になる直前には、必ず上司とのレポートのやり取りが発生する。これが現場リーダーを育てるトヨタ伝統の仕組みなのだ。

 原田氏も1枚のレポートを書き上げるのに1~2カ月もかけ、何度も上司とやり合って、書き直しに書き直しを重ねた経験がある。そのレポートは、1)現場の問題点を見つけ、2)真因を探り、3)改善の計画を立て、4)実行のスケジュールを組み、5)実行した結果をまとめ、6)今後の対策を練る、といった順番で書き進める。その間に何度も上司から「ダメ出し」されるが、それが現場の課題を見つけて潰していく訓練になっているのだ。逆に自分が上司になった時は、同じように部下を指導する。トヨタではそうした教育のサイクルが回り続けている。

 先日、原田氏はある指導先で、作業中にけがをした若者自身が報告書を書かされているのを見て、かわいそうな思いをしたという。「いったい、彼の上司は何をしているのだろうかと思った」。トヨタではけが人が出ると、「本人は被害者であって責められることはない。けがをするような仕組みを放置している上司に責任が問われた。トヨタでは、けが人が出ない現場に変えるといった具合に『仕組み』を作り上げるのが職制を持つ上司の役割であると、繰り返したたき込まれる」(原田氏)。そうした訓練が、トヨタの上司を作り上げていくわけだ。